阿良々木暦「心が強くてニューゲーム」の続きです。






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154 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:36:20.81 ID:7GEf+ffb0
「あ…………ありゃりゃ木さん」 

「…………………人の名前をうっかり八兵衛みたいに言うな。僕の名前は阿良々木だ」 

「可愛らしいと思いますが」 

「すげえヘタレな奴みたいだ」 

………………また、昔の夢か。 

最近こういうの多いな。昔の夢をよくみるなんて、なんかおじいちゃんみたいだな。 

今回は…………おそらく神原の時の夢だろう。 

「阿良々木さん、今日はどちらに?」 

「ん。一旦家」 

「一旦?するとその後、お出かけですか」 

「まあ、そんな感じ………………本当は、戦場ヶ原と勉強する約束だったんだけど、ちょっと、急用が入っちゃってな」 

「戦場ヶ原さん…………………」 

八九寺は腕を組んで、すっと俯く。 




155 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:37:15.27 ID:7GEf+ffb0
「フルネームは、戦場ヶ原ひたぎ……………なんだけど。ほら、お前を道案内してくれたあの…………………」 

「ああ、あのツンデレの方ですか」 

「…………………………」 

思い出すのが早いというより、そもそも忘れてなどいないといった風に、八九寺は答えた。 

まあ、夢の中に限っては、二人は気があっているように思えた。 

攻撃的ベクトルが僕に向かっているときなんか特に。 

……………嫌な気のあいかただった。 

考えようによっては、八九寺が、羽川と阿良々木暦被害者の会を結成するよりも、戦場ヶ原と阿良々木暦撲滅の会を結成する方が僕にとっては厄介かもしれない。 

というか、そんな会が結成されれば、一週間もしない内に本当に僕が消されそうだけれど。 




156 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:37:45.15 ID:7GEf+ffb0
「ふうむ」 

と唸ってみせる八九寺。 

「あれ、でも……確か、この間聞いた話によると、その、まあ、何と言えばよいのでしょうか、えーっと」 

八九寺はどうやら、慎重に言葉を選んでいるようだ。 

つーかまあ、こいつが何を言うつもりなのか、僕は知っているのだけれど。 

「八九寺、ここでボケは必要ないぞ。普通に言え普通に」 

「はあ。つまらない人間ですね、阿良々木さんは。では、お言葉に従いまして、普通に言うとしましょう。確か、阿良々木さんと戦場ヶ原さんって、男女交際されていましたよね」 

「……………うん、まあ」 

普通にするのがつまらないとか言うんじゃねえよ。 

お前はどっかの中学生か。 




157 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:38:14.84 ID:7GEf+ffb0
「では、勉強を教えてもらうなんて言っても、そんなのはただの口実にしかならなくて、お二人で乳繰り合ってしまうだけではないですか?」 

「そんなことねえよ。ちょっと前から、僕は戦場ヶ原に定期的に勉強を教えてもらってるけれど、あいつ、そういうところには、やたらめったら厳しい奴だから」 

「ああ、そういえば、あの方、馬鹿が嫌いそうですよね」 

「ああ。けどまあ、結局、急用が入ってそれはなくなったんだけどな」 

そういえば、どうやって戦場ヶ原にその事伝えよう。直接言うと、あいつ何言い出すか分かんねえし。 

もちろん、約束を破る気はないけれど、それは明日詳しく話せばいいしな。 




158 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:39:01.49 ID:7GEf+ffb0
「なあ八九寺、お前って今暇か?」 

「ええまあ。暇潰しの方法に、阿良々木さんとの会話を選択するくらいには暇ですが」 

「そうか。じゃあお前今日、予定でいっぱいなのか。そりゃ残念だ」 

「いえ。今日は今までで一二を争うくらいに暇ですね」 

僕は八九寺の頭を叩いた。 

八九寺は僕の脛を蹴り返した。 

痛みわけ。 

相身互い。 

「それで、わたしが暇だといったらどうなのですか?」 

「いや、ちょっと頼み事をしたいんだけど」 

「頼み事、ですか」 

あんまりいい選択とはいえないけれど、他にいい方法も思い付かないしな。 




159 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:39:42.70 ID:7GEf+ffb0
「ああ。戦場ヶ原に、急用が入ったから今日の勉強会には行けないって、そう伝えてくれないか?多分まだ、学校にいるはずだから」 

「えっと。ちょうどわたしも、あの方にこの間のお礼がしたいと思っていたのでそれは構いませんが、それくらい、ご自分で電話でもすれはよいのでは?」 

「酷いこと言うな、八九寺。それは僕に、死ねと言ってるのと同義なんだぜ」 

この頃の戦場ヶ原との約束をドタキャンするなんて、はっきり言って正気の沙汰じゃない。 

「いや、そんな風に自信満々に言われましても」 

どんな男女交際ですか、と八九寺はもっともなことを言う。 




160 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [ssaga ]:2013/05/30(木) 23:40:34.66 ID:7GEf+ffb0
「しかし、阿良々木さん。わたしは別に構いませんが、戦場ヶ原さんは、わたしのことが見えるのでしょうか?」 

「いや、それは大丈夫だと思うぜ。そこんところは間違いない」 

今の八九寺は、迷い牛としての機能を果たしていない。 

嘘を、ついているのだから。 

迷い牛としてのキャラ設定。家に帰りたくない人にだけ見える、という特性も、だから発動されていない。 

今の八九寺は、それこそ、霊感と呼ばれるようなものがあれば、それだけで見ることができるのだ。 

それが、一度怪異と関わったことのある戦場ヶ原なら、なおさら。 

「そうですか。それでは、わたしはこれで」 

と、そんな風に。 

去っていった八九寺と入れ替わるようにして、背後から、足音が聞こえてきた。 




161 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:41:00.14 ID:7GEf+ffb0
「やあ、阿良々木先輩。奇遇だな」 

宣誓でもするように、胸に手を置いて。 

そして、にっこりと、軽く微笑みながら、神原駿河は、そう言った。 

「こんな仕組まれた奇遇がありえるか」 

さて、どうしたもんか。僕の急用ってのは、まあ、今日の内にこいつから事情を聞くってことなんだけど。 

考えても仕方ないか。なに、こいつのことだ。多分こいつの家に行きたいと言っても拒みはしないだろうけど。 

視線を戻すと、神原は、深々と感じ入っているように、何度も何度も繰り返し、頷いていた。 

「……………どうしたんだよ」 

「いや、阿良々木先輩の言葉を思い出していたのだ。心に深く銘記するためにな。『こんな仕組まれた奇遇がありえるか』、か………思いつきそうでなかなか思いつきそうにない、見事に状況に即した一言だったなあ、と。当意即妙とはこのことだ」 




162 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:41:41.71 ID:7GEf+ffb0
「………………………」 

「うん、そうなのだ」 

そして、神原は言った。 

「実は私は阿良々木先輩を追いかけてきたのだ」 

「だろうな。知ってたよ」 

「そうか、知っていたか。さすがは阿良々木先輩だ、私のような若輩がやるようなことは、全てお見通しなのだな。決まり悪くて面映ゆい限りではあるが、しかし素直に、感服するばかりだぞ」 

「…………………………」 

なんか、懐かしいな。 

今でこそ打ち解けたからそうでもないけれど、この頃のこいつって、ただただ可能な限り僕のことを持ち上げてたよな。 

………………これはちょっと、面倒くせえな。 




163 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:42:20.52 ID:7GEf+ffb0
「で、神原。今日は何の用なんだ?」 

「ああ、そう………………」 

ここまで常にはきはきと、淀みなく応答してきた神原は、ここで初めて、言葉に迷った。 

しかしそれも一瞬、結局、すぐに頬に微笑みをたたえて、 

「………今朝の新聞の国際面、読んだろう?ロシアのこれからの政治情勢について、阿良々木の意見を聞きたいんだ」 

なんた、神原の口から出たのはそんな言葉だった。 

それは、こいつの聞きたいことなんかではなく。 

それは、こいつのやりたいことなんかではなく。 

彼女の……………戦場ヶ原ひたぎのことでも、なかった。 




164 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:42:56.97 ID:7GEf+ffb0
「………………そうじゃないだろ」 

「ああ、インドの話の方が阿良々木先輩の好みだったかな?」 

呟くような僕の言葉に対し、しかし神原は、なおもそんなことを言った。 

「ただ、私は残念ながらこの通り、体育会系、アウトドア系の人間なものでな、IT関連は………………」 

「神原!」 

「……………………………」 

思わず、語気を荒くしてしまった僕を見て、神原は喋るのを止めた。 

「そんなことじゃないだろ。お前の用ってのは」 

「……………………………」 

「神原、言いたいことがあるなら言ってくれ。伝えたいことがあるなら話してくれ。僕は馬鹿だから、遠回しなやり方じゃ、お前が何を言いたいか、伝えたいか、したいか、わかんねえよ」 




165 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:43:25.49 ID:7GEf+ffb0
「阿良々木先輩はさすがだな。見事な洞察力だ。まるで探偵小説の主人公のようだぞ」 

なんて、そんな風なことを言った後に神原は、 

「うむ。そうなのだ、阿良々木先輩。実は、相談したいことがあるのだけれど、阿良々木先輩が多忙の身であることは重々招致しているが、どうか、私の家まで、付き合って欲しい」 

と、言った。 

「ああ、いいよ」 

そんなわけで、僕達二人は、正確に言うならば自転車を漕いでいる僕と、それにランニングで並走している神原は、神原宅に向かっていた。 

僕は夢の中でまで、こいつの部屋を掃除することになるのか、とか。 

そんなことを、考えながら。 




166 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:44:00.69 ID:7GEf+ffb0
「さて、何から話したものかな、阿良々木先輩。なにぶん私はこの通り口不調法なもので、こういう場合の手順というのはよくわからないのだが……………」 

神原の家を着き、言ってはなんだがあのごみ溜めのような部屋を掃除した後、神原はそう切り出した。 

「最初からでいいよ。なんでも、お前が言いたいこと、全部言えばいい」 

「そう言ってもらえると、私としては有り難いな。しかし………阿良々木先輩は、突拍子もないことを、信じることができるタイプの人間かどうか、最初に質問しておきたいのだが」 

まあ、それは当然か。神原は、戦場ヶ原のことは知っているけど、僕の身体のことは、何も知らないんだから。 

「ああ、大丈夫だ。僕は自分の目で見たものしか信じないよ。だから、見たものは全部、信じてきた。戦場ヶ原のことも、勿論な」 




167 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:44:31.80 ID:7GEf+ffb0
「……なんだ、そこまでバレていたのか」 

言われても、さして悪びれる風もなく、後ろめたさもそれほど感じさせず、神原は、「しかし」と言う。 

「誤解しないで欲しい。私は、戦場ヶ原先輩とのことを知りたくて、ここ最近、阿良々木先輩について回っていたというわけではないんだ」 

「…………だろうな」 

「さすがは阿良々木先輩。私の行動など、全てお見通しというわけだな」 

「別に、そんなんじゃないさ」 

「それで、早速なのだが、阿良々木先輩に、見て欲しいものがあるのだ」 

そう言って、神原は自分の左手の包帯をほどいていった。 

「正直に言って、あまり人に見られたいものではないのだが、まあ、そんなことも言ってられまい」 

包帯の下から現れたのは、真っ黒い毛むくじゃらの、骨ばった左手。 

猿の手。 

否、悪魔の手だった。 




168 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:45:09.50 ID:7GEf+ffb0
「まあ、こういうことなのだが」 

「悪魔の手」 

僕は言った。 

僕の思ったことではなく、真実を。 

「悪魔の手……………みたいだ」 

「ほう」 

神原は、何故か………感嘆したような表情をした。 

あれ、おかしいな。まだこの時点でこいつは、これを猿の手だと認識していたはずなんだけど。 

しかも、僕としては、一見してこれを悪魔の手と言うのは、ちょっと無理があるんじゃないかと思っていたくらいなんだけれど。 

「阿良々木先輩は、やはり計り知れないほどの慧眼だな。恐れ入った、持っている目がまるで違う。凡俗極まりない私などには、全く思いつかないような答えを導き出してしまうのだな」 

「………………………………」 




169 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:46:06.39 ID:7GEf+ffb0
「だが、私はこの手に全く別の解釈を見いだしていたのだ。ウィリアム・ウィマーク・ジェイコブスの短編小説のタイトルなのだが………『猿の手』私はてっきりこれを猿の手だと思っていたのだが」 

「いや、多分それは、悪魔の手で間違いないよ。『猿の手』に、自分の手その物が猿の手になるような話はなかったはずだ」 

…………って、忍野が言ってたし。 

「そうか、悪魔の手。なるほどな…………」 

神原は、左手を、ぐーぱーにしながら、そう呟いた。 

「この通り、今は、思い通りに動くのだが…………しかし、思い通りに動かなくなるときがあるのだ。いや、違うな。思いに反して動くようになる、というのだろうか…………」 

「トランス」 

神原の説明に、僕は割り込んだ。 

「トランス状態。って奴だよ、それ。知ってる?……………人間に憑依するタイプの怪異は、肉体と精神を、ざくざくに凌辱するから」 




170 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:47:09.94 ID:7GEf+ffb0
「猿の手のことといい、物知りだな、阿良々木先輩は。そうか、怪異というのか、こういうのは……………」 

「まあ、僕も、とりたてて詳しいというわけじゃないんだが。そういうのに詳しい奴が、いて」 

「うん。そうか、阿良々木先輩が大きな人でよかった。この腕を見せた段階で逃げ出されでもしていたら、話はできなかったからな。それに、少なからず、傷ついていたと思う」 

「幸い、だから、突拍子もないことには、色々と慣れてるからさ、安心しろよ。戦場ヶ原のことも、勿論な」 

……………僕が吸血鬼だって事前情報は、与えない方がいいよな。もしこいつがそれを知れば、一度目の遭遇の時点で、現実みたいに止めを刺すことを焦らないなんてこともなくなっちまうし。 




171 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:47:37.20 ID:7GEf+ffb0
「けど、神原。問題はそこじゃなくて、その先だろ」 

問題は、神原が木乃伊に。 

悪魔の手に、願ったこと。 

「阿良々木先輩はさすがだな。常に先を見通そうとするその心構え、常に目先のことで手一杯の私も、見習いたいところだ 」 

「それでは、本題に入らせてもらおうと思う」 

戦場ヶ原ひたぎへの羨望。 

阿良々木暦への嫉妬。 

「私はレズなのだ」 

「…………………」 

ずっこけた。 

藤子不二雄先生の漫画みたいにずっこけた。 

僕は、お前のことを甘くみていたよ。 

そういえば、そんな話もしたっけか。 




172 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:48:20.25 ID:7GEf+ffb0
出だしこそそんな風だったけれど、その後、神原は戦場ヶ原に対しての思いを話始めた。 

戦場ヶ原と一緒にいた二年間。 

それよりも重かった、戦場ヶ原がいなかった一年間。 

そして、戦場ヶ原に、拒絶されたこと。 

「あなたのことなんて友達とも思っていなければ後輩とも思っていない……………今も昔も。そんなことを、はっきり言われた」 

神原は、下を向く。 

「けど、戦場ヶ原だって、お前のこと、本気で嫌いになったわけじゃないと思うぜ。ただ、お前に迷惑をかけたくなかっただけで…………………」 

「優しいな、阿良々木先輩は」 

僕の慰めを、神原は遮った。 




173 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:48:47.88 ID:7GEf+ffb0
「でも…………私は自分の無力さを思い知ったのだ。心のどこかで、私なら戦場ヶ原先輩の側にいれると。たとえ、他の人が拒絶されても、私のことは必要としてくれると、そう、思っていた。」 

神原は、なおも下を向いたまま、言葉を繋いだ。 

「しかし、そばにいるだけで癒せるなんて、思い上がりも甚だしかった。戦場ヶ原先輩はむしろ…………そばに、誰もいて欲しくなかったのだ」 

戦場ヶ原は、しかしどうだろう。 

あいつは、確かに独りが寂しくない人間なのかもしれない。 

けれど。 

独りが寂しくない、と。 

独りでいたいは、違う。 

人付き合いが嫌いなのと、人間嫌いが違うように。 




174 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:49:34.54 ID:7GEf+ffb0
「だから私は、それ以来、戦場ヶ原先輩には、近付かなかった。それが、戦場ヶ原先輩が私に望んだ、唯一のことだったからな。勿論、戦場ヶ原先輩のことを忘れることなんてできるわけがなかったけれど」 

「…………でも、私が身を引いて、何もしないことで、少しでも戦場ヶ原先輩が救われるというのなら…………それを私はよしとできる」 

「神原、けどそれは………………」 

逃げているだけで。 

辛い現実から、目を背ける自分を正当化しているだけで。 

けれど、そんなことを僕に言えるわけがなく。 

僕に言う資格など、あるわけがない。 

戦場ヶ原を思うこいつの気持ちは、全部、本物なのだから。 




175 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:50:25.32 ID:7GEf+ffb0
「一年は、それでやり過ごしたのだ。それで我武者羅になって、バスケットボールにより熱中できたのは、果たして、よかったのか悪かったのか………」 

神原は、自嘲気味にそう笑った。 

重い。 

想い。 

「でも……………そんな一年が経って、私は、阿良々木先輩のことを、知ってしまった」 

「……………………………」 

「いてもたってもいられず、一年ぶりに、私は、自発的に、戦場ヶ原先輩を…………訪れた。訪れようとした」 

「戦場ヶ原先輩は…………阿良々木先輩と、朝の教室で、蝶々喃々と、話していた。中学時代でも私に見せてくれたことがないような、幸せそうな、笑顔でな」 

いつの間にか、神原は顔を上げていた。 

しかし、その顔は、さっきまでのような爽やかな笑顔ではなく。 

僕を睨むような、そんな顔で。 




176 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:50:56.77 ID:7GEf+ffb0
「わかるか?」 

「阿良々木先輩は、私がしたくてしたくてしょうがなかったのに諦めていたことを…………まるで当然のように、やっていたのだ」 

「………………………」 

「最初は、嫉妬した」 

一言一言、区切るように言う神原。 

「途中で、思い直そうとして」 

溢れる感情を、抑えるような声で。 

「最後まで、嫉妬した」 

そう締めくくった。 

「………………………」 

「どうして私じゃ駄目だったのかと思った。阿良々木先輩に嫉妬したし、戦場ヶ原先輩に失望した。男だったらいいのかと思った。私が女だから駄目なのかと思った。友達や後輩はいらないけれど、恋人なよかったのかと。だったら……………」 




177 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:51:32.48 ID:7GEf+ffb0
「だったら、私でもいいはずじゃないか」 

後輩で、年下の女の子だと思っていても、性格的に逆上して僕につかみかかってくるようなことはないだろうとわかっていても。 

これが夢だとわかっていても。 

それでも、怯んでしまうような、それは、剣幕だった。 

「そして……………そんな自分に呆れ果てた。そんなのは全部、私のエゴだった」 

「そうしていれば、戦場ヶ原先輩に、褒めてもらえるとでも思っていたのか?馬鹿馬鹿しい。偽善にもほどがある。でも、それでも………………私は、昔みたいに…………戦場ヶ原先輩に、優しくして、もらいたかったのだ。偽善でも何でも、戦場ヶ原先輩のそばにいたい………だから」 

と。 

神原は、自分の右手で、自分の左手に触れた。 

毛むくじゃらの、悪魔の手に、触れた。 

「だから私は、この手に、そう願ったんだ」 




178 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:52:06.29 ID:7GEf+ffb0
「じゃあ、また明日。迎えにくるから」 

結局、その日の内に、神原を忍野のところに連れてはいかなかった。? 

というかそれは、時間的に無理だった。 

時刻はまもなく日が沈もうとしているような時だったので、忍野のところに行く途中で、神原が悪魔。レイニーデビルになってしまう可能性があったからだ。 

「しかし、阿良々木先輩。大丈夫なのか?私が言うのもなんだが、今夜辺り、私が阿良々木先輩のことを襲ってしまうかもしれないのだぞ?」 

そんな風に、僕のことを心配する神原。 

もしかしたら、心配しているのは僕じゃないかもしれないけれど。 

「大丈夫だって。そこは、心配ないよ」 

「……………そうか。うむ、ではまた明日」 

だから現在、僕は家に帰る途中。とは言っても、神原に家まで乗り込まれても来ても困るし。だから、適当にぶらぶらしながらの、そんな帰り道だった。 




179 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:52:52.52 ID:7GEf+ffb0
「さて、どうしたもんか」 

これから僕がする予定のことは二つで、どちらを先にするかを決めかねていた。 

先に、羽川に電話をするか、戦場ヶ原に電話をするか。 

羽川には用事がなくても電話をしたいし、聞きたいこともある。 

戦場ヶ原には、今回のことを伝えなきゃならない。まあ、正直怖いけど。 

「まあ、迷ってても仕方ないか」 

そう思って、戦場ヶ原からの電話やメールから逃れるために電源を切っていた携帯の電源を入れる。 

すると、案の定、 

メール三十六件 

電話二十四回 

…………………決めた、羽川を先にしよう。 




180 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:54:01.82 ID:7GEf+ffb0
「もしもし?」 

「はい、お待たせしました、羽川です」 

「……………………」 

やっぱり、携帯電話でその台詞は、ちょっとおかしくないか? 

「どうしたの?阿良々木くんが私に電話をかけてくるなんて、珍しいね」 

「ああ、お前にちょっと訊きたいことがあってさ」 

「訊きたいこと?別にいいけど。あ、文化祭の出し物の件?でも、実力テストが終わるまでは、文化祭のことについてはあんまり考えない方がいいんじゃないのかな。せっかく、戦場ヶ原さんに………………」 

「……相槌くらい打たせてくれ」 

本当、話を勝手に進める奴だよな。 

思い込みが激しい上に、一瀉千里によく喋る。 




181 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:54:31.82 ID:7GEf+ffb0
「ヴァルハラコンビ」 

「え?」 

「羽川って、戦場ヶ原や神原と同じ中学だったんだろ?だったら、ヴァルハラコンビってのも知ってるだろ?」

「そりゃ、勿論、知ってるけど?なに、それがどうかしたの?」 

「いや、まあ、ちょっと興味があってさ」 

「それは、ヴァルハラコンビの名前に興味があるってこと?それとも、ヴァルハラコンビの関係、みたいなことに興味があるのかな?」 

「……………後者、かな」 

「そう。でも、私は大したことなんて知らないのよ」 

「それでもいいんだ。ほんとに、ちょっと気になったってだけだから」 




182 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:55:02.00 ID:7GEf+ffb0
羽川からヴァルハラコンビのことを聞くのは二度目だったが、それでも、聞いておきたかった。 

おそらく、あいつを説得することになるから、そのために。 

昔の、あいつらのことを、知っておきたかった。 

「あ、そういえばさ、ヴァルハラコンビって誰が名付けたのか、お前知ってる?」 

「うん。知ってる。神原さんが自分でつけたんだよね」 

可愛いとこあるよね、彼女、と。 

羽川は笑いながらそう言った。 

「お前は何でも知ってるな」 

「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」 

それは、いつも通りのやり取りだった。 




183 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:55:35.21 ID:7GEf+ffb0
「………………私が知ってるのはこれくらいだよ」 

「そっか。サンキューな、羽川」 

「でも、阿良々木くん。あんまり恋人の昔を探るみたいなことは、しない方がいいと思うよ?興味半分面白半分にならないよう、阿良々木くん、その辺りは、きちんと節度を守ってね」 

「わかってるよ。………………あ、そうだ」 

「なに?」 

「母の日のことなんだけどさ」 

母の日。 

八九寺は、落ち込んだ様子の羽川を見たと言っていた。 

あれは、本当なのだろか。 

「うーん。私、その日にその公園に行った記憶、ないけどな」 

「えっ、そうなのか?」 

おかしいな。八九寺が間違えたってことか? 

まあでも、手がかりが委員長っぽいってだけだからな。 

そういうこともあるか。 

「いや、それならいいんだ。じゃあな」 

「え、あ、うん。それじゃあ、また明日」 




184 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:56:11.01 ID:7GEf+ffb0
『おまえんちのちかくのふみきりにる、たすけ』 

あらかじめ作っておいた文面を戦場ヶ原に送信する。 

よく考えたら、レイニーデビルを追い払うには、戦場ヶ原ひたぎという存在が、必要不可欠だった。 

だから、あいつの家の踏切辺りで待機していた僕は、怪異の気配がしたと同時に戦場ヶ原にメールをすることにしたのだ。 

そこが、距離的に遠すぎず近すぎずの距離だった。 

最初からレイニーデビルのスペックを分かっているから、前回よりは時間が稼げるとは思うが、今の僕は、吸血鬼の能力が使えない状態だ。 

時間を稼ぐといっても、そんなに長くは無理だろう。 




185 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:56:39.25 ID:7GEf+ffb0
「よう、神原。一時間ぶり」 

黒い長靴な、左右のゴム手袋。 

レイニーデビル。 

神原駿河が、やって来た。 

何のために? 

勿論、僕を殺すために。 

「あ…………………」 

何て、そんなことを考えている内に、凄まじい早さで突進してきた神原によって、僕のマウンテンバイクは本当に、あっという間にスクラップと化してしまった。 

「くっ!」 

続いて、僕自身が吹っ飛ばされる。 

何度体験しても、慣れることのない感覚。 

どれほど場数を踏んでも関係ない。 

とても夢とは思えないような痛みが、全身を襲う。 




186 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:57:15.49 ID:7GEf+ffb0
しかし、やはり神原は、ゆっくりと近づいてくる。 

彼女は、レイニーデビルは、何も急ぐ必要も焦る必要もないと思っているのだから。 

これはやっぱり、吸血鬼のことを教えなくて正解だったな。 

この分なら、ギリギリ間に合うか? 

「……………………………!」 

案の定、神原は方向転換した。 

そうするや否や、瞬間、駆け出して…… 

あっという間に姿を消した。 

「よかった。間に合ったか」 

「阿良々木くん」 

上から、声をかけられた。 

少し、息が切れていて、一目で部屋着とわかるような格好で。 

戦場ヶ原は、来てくれた。 




187 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:57:42.64 ID:7GEf+ffb0
「…………よお、ご無沙汰」 

「ええ、ご無沙汰ね」 

心なしか、言葉に棘がある気がする。 

やっぱ、怒ってるよな。 

「私との約束をすっぽかすなんて、極刑ものの罪悪よ、阿良々木くん」 

「ああ………悪かったよ。それで、八九寺には会えたか?」 

「ええ。思っていたよりも、随分と好感が持てる子供だったわ」 

「…………そうか」 

そりゃ、よかったよ。 

「子供嫌いの私にしては珍しく、ね。まあ、そんなことより」 

戦場ヶ原は言う。 

「何があったのかしら、阿良々木くん。当然、説明してもらえるんでしょうね?」 

「ああ、明日。全部説明するよ。今日起こったこと、全部」 

ちゃんと、話し合おう。 




188 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:58:12.88 ID:7GEf+ffb0
「それで、阿良々木くんは、いったい私に何を話してくれるのかしら?」 

次の日、学校が終わった後すぐに、戦場ヶ原の家に行った。 

怪異のこと、神原のことを、話し合うために。 

………………………それしても、夢の中で日を跨いじゃったよ。そもそも、夢の中っていう設定に無理があったんじゃ……………… 

「何を黙っているのよ」 

「………ん、ああ、悪い」 

「昨日、僕がお前との約束を破って、何をしてたかっつうと、神原。神原駿河の家に行ってたんだ」 

「………………………」 

沈黙が返ってくる。 

いや、何も返ってってこない。 

沈黙が、耐え難い。 

「神原駿河か。懐かしい名前だわ」 

「…………そっか」 




189 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:58:40.78 ID:7GEf+ffb0
「それにしても………神原?えらく親しげに呼ぶじゃない」 

瞬間で、戦場ヶ原の目つきが剣呑なものへと変化した。普段、全く感情のこもらない戦場ヶ原の瞳が、やにわ物騒な光を放つ。 

「いやいやいやいや!親しげになんて全く思っていない。僕は戦場ヶ原一筋だ!」 

「あらそう。気持ちのいいことを言ってくれるわね」 

お前、怖いよ。 

冗談みたいな情の深さだな。 

「少し熱くなってしまったかもしれないわ。ともあれ、神原の話だったわね」 

戦場ヶ原は相変わらずの手順で、当然のように話を戻す。 

「それで、阿良々木くんは私との約束をすっぽかして、神原駿河といったいどんなことをしていたのかしら」 

当然のように話を戻した戦場ヶ原だったが、しかし、目つきは変わらず剣呑なままだった。 




190 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/30(木) 23:59:54.21 ID:7GEf+ffb0
その後、僕は戦場ヶ原に、昨日何があったのかを伝えた。勿論、神原のことも。 

あいつが何を思っていたか。 

あいつが何を望んだのか。 

あいつが何を願ったのか。 

悪魔に、願ったのか。 

戦場ヶ原は僕に、中学時代のあいつのことを話した。 

部活動の枠を越えて付き合いがあったこと。 

僕よりも早く、自身の秘密に気がついたこと。 

それを、拒絶したこと。 

「つまり、昨日阿良々木くんに怪我を負わせたのは、その悪魔が憑依した神原なのね」 

戦場ヶ原は、そう言った。 

「まったく。私のダーリンになんてことをしてくれるのかしら」 

「……………………………」 




191 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 00:01:08.71 ID:S2lyFphF0
「まあ、あいつが願ったのは、僕を殺すとかそんなんじゃなくて、ただ、昔みたいお前と一緒にいたいって……」 

しかし、悪魔は持ち主の意思に反する、意思にそぐわない形で願いを叶える。 

そのかわりに、願いは何だって叶えてくれる。 

だって、魂と引き換えなのだから。 

「そう、迷惑かけるわね、阿良々木くん。そうね、それについては、私ができる釈明は一つもないわ」 

「別に、迷惑になんか思ってねえよ。ただ、あいつの件を解決するのに、お前に一役買ってもいたいとは、思ってるけど」 

「別にいいわよ」 

「え?」 

戦場ヶ原は、僕の予想を大きく裏切り、即座に頷いた。 




192 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 00:01:42.72 ID:S2lyFphF0
「だって、そうしなければ阿良々木くんは殺されてしまうんでしょ?かといって、あなたが諦めるわけがない。だったら……」 

何でもするわ、と。 

拍子抜けするほどに、あっさりとそう言った。 

「そっか。そりゃ、助かるよ」 

「けど、それで私と神原が昔のように仲良く、なんてことにはならないわよ」 

「…………………」 

「今現在、私とあの子は赤の他人よ」 

「けど、大事な後輩だったんだろ」 

「だから、それは昔の話。私は、戻るつもりはないのよ」 

「今回、阿良々木くんに協力するのは、あなたに死んでほしくないからと、人間関係を清算し切れていなかった私の責任をとるためよ」 

けして、神原とまた仲良くなろうと思ってのことじゃない、と。 

戦場ヶ原は言った。 




193 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 00:02:16.18 ID:S2lyFphF0
「お前が昔に戻る気がなくても、取り戻せるものくらい、あるんじゃないか?」? 

「…………………………」 

「神原は、お前の大事な後輩で、友達なんだろ?だったらそれは、僕の大事な後輩で、友達だってのと同じだ」 

失ったのではなく、捨てたのかもしれない。 

けれどそれは、結果からすれば同じことで。 

だったら僕は、それを取り戻して欲しいと思う。 

「なあ、戦場ヶ原。僕はお前に、失ったものを取り戻して欲しいと。捨てたもの拾って欲しいと。そう、思ってる。だって……………」 

だってそれは、僕には絶対にできないことだから………………… 




194 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 00:02:47.83 ID:S2lyFphF0
「たとえ、全部じゃなくてもいい。そんなことは、言わない。けど、仲のいい後輩くらい、仲のいい友達くらい、いてもいいんじゃないか?」? 

「戦場ヶ原ひたぎ。お前の魅力は、僕一人で独占するのには惜しすぎるよ」 

「ふふ。嬉しいことを言ってくれるじゃない」 

ずっと、沈黙を貫いていた戦場ヶ原は、ようやく口を開いた。 

「分かった分かった分かりました。いいでしょう、阿良々木くんのお願いとあれば仕方ないわね」 

戦場ヶ原は、表情を崩さず、しかし、極めて愉快そうに言う。 

「それにしても、阿良々木くんの動向を探るのも、これで容易くなったは。神原は勿論、八九寺ちゃんにも、昨日お願いしておいたから」 

「え?」 

「阿良々木くん。あなたの動向はこれから、四六時中私に筒抜けだと思いなさい」 

戦場ヶ原は、おそらく、今日一番の微笑みで、そう言った。 




195 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 00:03:13.31 ID:S2lyFphF0
戦場ヶ原との話を終えた後、僕は、神原の家に向かい、神原と合流してから、忍野のいる廃屋に向かった。

戦場ヶ原は、そこには同行していない。 

戦場ヶ原いわく、 

「あの子も、事が解決する前からいきなり私に会って、それで何となく仲直り、なんてことは望んでいないと思うの。だから、準備が整ったら呼んでちょうだい」 

だ、そうだ。 

まあ僕も、そこまで口出しするつもりはないので、だから、僕達は二人で、忍野のところへ向かった。 

「で…………その人は、忍野メメという名前なのか?メメは、片仮名でいいのか?」 

「ああ。とはいえ、名前ほど可愛らしい奴じゃないぞ。というか、言ったけど、アロハ趣味のおっさんだぞ。変な期待はしないでくれ。それに、今回はあいつの力は借りなくてすみそうだから」 




196 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 00:03:45.44 ID:S2lyFphF0
そう。今回、忍野メメの力を借りる気は、というか、借りる必要はなかった。 

借りるのはただ、あの学習塾跡の教室だけ。 

「そうなのか?しかし、阿良々木先輩。こう言ってはなんだが、私の左腕。悪魔の手は、そう簡単に解決できるものなのか」 

「ああ、うん。まあ、そこのところは、僕に任せておいてくれ」 

「了解した」 

神原は頷いた。 

まあ、今回働くのは、いや、今回働くのも、戦場ヶ原なんだけど。 

その事は、まだ、神原には言っていない。 

言ってしまったら、意味がない。 

しかしまあ、こんなの、また忍野に嫌みを言われるんだろうな。 

あいつは、被害者とか加害者とか、そこら辺には厳しいやつだし。 




197 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 00:04:18.07 ID:S2lyFphF0
「うん………しかし、戦場ヶ原先輩の抱えていた問題が、既に解決していたというのは、素直によかったと思う。私が礼を言うのもおかしな話なのかもしれないが、阿良々木先輩には、心から感謝させていただきたい」

「だからそれは、僕じゃなくて、戦場ヶ原のお陰だよ。あいつが一人で、勝手に助かっただけなんだ」 

僕や忍野がしたことなど、たかが知れている。 

揺るぎなく、それだけのこと………… 

「そうか…………そうかもしれない。でも、一つ聞かせてくれ、阿良々木先輩」 

「なんだ?」 

「戦場ヶ原先輩が阿良々木先輩に惹かれた理由はわかった。嫉妬や失望が、それには不釣合いなのだということも…………うん、わかったつもりだ」 




198 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 00:04:46.29 ID:S2lyFphF0
「でも、阿良々木先輩は戦場ヶ原先輩の、どういうところに惹かれたのだろうか?二年以上、ただのクラスメイト、口も利いたことのないただのクラスメイトだったというのに 」 

「別に、お前が納得できるような立派な理由なんてないさ。ただ、なんとなく、好きかなーって思って、好きだなーって感じて、好きだってわかる。そんな感じ」 

僕の答えに対して、神原は神妙、なるほど、などと言いながら頷いた。 

いや、僕自身こんな気持ち全然わかんないのだけれど。 

そんな感心するとこか? 

「それで、どうして、そんなことを訊くんだよ、神原」 

「うん。つまりだな、もしも阿良々木先輩が、戦場ヶ原先輩の身体目当てなら、私が代われると思うのだ」 

「………………………………」 




199 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 00:05:17.01 ID:S2lyFphF0
「私は、そこそこ可愛いと思うのだ」 

「自分で言うな」? 

本当、謙虚なのか自信家なのかわかんねえよ、お前。 

「…………でもな、神原。真面目な話、どんなに頑張っところで、お前じゃ、戦場ヶ原の代わりにはなれないよ」 

「………………………」 

代わりにはなれない。 

別に、このことだけをいっているのではなく。 

「お前は戦場ヶ原じゃないしな。誰かが誰かの代わりになんてなれるわけがないし、誰かが誰かになれるわけなんかねーんだよ。なれるのは、誰かじゃなくて、なにかにだけ。戦場ヶ原は戦場ヶ原ひたぎだし、神原は神原駿河なんだから」 

いくら好きでも、いくら憧れてても、いくら憧れても。 

「…………そうだな」 

沈黙の後、頷く神原。 

「阿良々木先輩の言う通りだ」 

「ああ、無駄口叩いてないで.もう行こうぜ」 




200 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 00:06:10.22 ID:S2lyFphF0
「遅いよ、阿良々木くん。待ちくたびれて、もう少しで寝ちまうところだった」 

そんな風に、僕達を出迎えた忍野との挨拶もそこそこに、僕は忍野に、学習塾跡で一番広い教室を借り、そこに神原を連れていった。 

「悪いんだけど、ここで夜まで待ってくれるか?神原」 

「ああ、まあ、それはいいが。しかし、それではまた、昨日のように阿良々木先輩を……………」 

「大丈夫だから。不安なのはわかるけど、今は僕を信じてくれ」 

そう言うと、神原はすんなりとは言えないとのの、最終的には納得してくれた。 

その後、僕は戦場ヶ原を電話で呼び出し、忍野に今回のことを説明した。 




201 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 00:06:58.54 ID:S2lyFphF0
「それにしても、阿良々木くん。よく、レイニーデビルのことを知ってたね」 

「いや別に、そのレイニーデビルって怪異のことを知ってたわけじゃないさ。ただ、前に羽川から猿の手や悪魔の手の話を聞いてて、だから、なんか違和感みたいなものを感じてさ」 

「違和感、ね」 

「ああ。そんで、猿の手以外で何でも願いを叶えてくれるのは、やっぱり、悪魔の方なのかなって」 

「へえ、阿良々木くんにしては上出来だよ。こりゃあ、僕の阿良々木くんに対する認識を改める必要がありそうだね」 

忍野は言う。 

「けどさ、そりゃちょっと、いくら阿良々木くんでも優しすぎなんじゃないかい。勿論、今回は阿良々木くんが僕の手を借りずにことを終わらせるっつうんだから、僕としてはあんまりうるさいこと、言いたくないんだけどね」




202 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 00:07:25.88 ID:S2lyFphF0
「……どういう、意味だよ」 

「猿の手や、悪魔のことを知ってるならさ、当然、悪魔の手がどんな願いを叶えるのかも知ってるはずだろ」 

いつものように、人を見透かすような態度で、忍野は言った。 

レイニーデビルは、人の暗黒面を見抜き、惹起し、引き出し、結実させる。 

僕を殺そうとしたのも、だからそれは、紛れもなく神原駿河の、意思なのだ。 

そして僕は、そのことを神原には伝えていない。 

「あの子。百合っ子ちゃんは、確実に、明確に、どうしようもないほどに加害者なんだよ。その罪を、自覚もしないってのは、自覚をさせないってのは、僕からすれば、甘いと言わざるおえないね」 

「……………それは、後回しだよ」 

「………………………」 

「今回のことは、ただ、僕の可愛い彼女と、僕の可愛い後輩を、仲直りさせようって、それだけのことなんだよ。だから、難しいことは、このことが終わってから。ちゃんと、僕から伝えるよ」 

それが、出過ぎた真似をした僕の、せめてもの後始末。 




203 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 00:07:51.78 ID:S2lyFphF0
「はっはー、言うようになったね、阿良々木くん。何かいいことでもあったのかい?」 

「いいことなら、だから、これからあるよ」 

僕の言葉を聞いて、満足したように忍野は言う。 

「まあ、阿良々木くんの考えなんて、僕の知ったことじゃない。阿良々木くんがそう決めたなら、好きにすればいいよ」 

「ああ、そうさせもらうさ。………………世話かけるな」 

「いいよ」 

そんな風に、忍野との話が終わったとき、見計らったようなタイミングで、戦場ヶ原が教室に入ってきた。 




204 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 00:08:18.10 ID:S2lyFphF0
「一つだけいいかしら?阿良々木くん」 

戦場ヶ原が忍野にこの前の代金を払った後、僕達二人は、神原の待つ教室に向かった。 

「なんだよ、戦場ヶ原」 

「どうして、自分を殺そうとした相手まで、阿良々木くんは助けようとするのかしら?神原はあなたを、憎むべき対象として、捉えていたのでしょ」 

「それは、だからさっき言ったろ。あいつは、僕にとっても可愛い後輩なんだよ。それに…………」 

「それに?」 

「………生きてりゃ、誰かを憎むことくらいあるだろうさ。殺されるのはそりゃ御免だけれど、神原が、お前に憧れてたっていうのが、その理由だっていうなら……………」 

怪異にはそれに相応しい理由がある。 

それが理由だっていうならば………… 

「別に、許せるしさ」 




205 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 00:08:46.19 ID:S2lyFphF0
「そう」 

戦場ヶ原言う。 

「つまらないことを聞いたわね。そんなの、阿良々木くんがなんて言うかなんて………」 

わかりきってたことなのに、と。 

そう戦場ヶ原は言った。 

「それじゃ、そろそろいい時分だろうから、行くとするか」 

「そうね。後輩が間違ったことをしたならは、それを正してやるのが先輩の務めというものよ」 

「そうだな」 

「調子に乗った後輩には、お仕置きが必要よ」 

「……………お手柔らかにな」 




206 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 00:09:23.45 ID:S2lyFphF0
「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い」 

「……………………」 

教室の中には、雨合羽の悪魔がただ一人。 

深い洞のような、雨合羽のフードの内側から………… 

直接精神に響くように、訴えるように、聞こえてくる。 

「私を無視して、随分とはしゃいでいるわね神原。不愉快だわ」 

感情の読めない表情、平坦な声で。 

戦場ヶ原は、神原に声をかけた。 

「私の彼氏を傷つけるなんて、万死に値するわ」 

戦場ヶ原は、言葉を発しながら。 

一歩一歩、神原に向かって歩いていく。 

「……でも、あなたは大事な後輩だし、阿良々木くんも、あなたのことを許すと言っているから」 

「特別に、許してあげようかしら」 




207 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 00:10:03.76 ID:S2lyFphF0
戦場ヶ原の動きに合わせて、神原はずるずると、後ずさっていく。 

「まったく、彼女の人間関係にまで口を出すなんて、とんだお節介な彼氏もいたものだわ」 

「……………………」 

「まあでも、大きなお世話も余計なお節介もありがた迷惑も、阿良々木くんにされるなら、そんなに悪くはないのかもしれないわ」 

そして、戦場ヶ原は、ついに神原を教室の角に追い詰めた。 

「神原、久し振り。早速だけれど、私のダーリンに次に手を出したら、あなたを殺すわよ」 

戦場ヶ原は言った。 

そして、彼女の旧知である神原駿河を、戦場ヶ原は、自分の身体をゆっくりと覆いかぶせる形で、組み敷くようにする。 




208 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 00:10:31.29 ID:S2lyFphF0
「……戦場ヶ原先輩」 

フードの内側から、ぼそりと。 

響くような、訴えるような声。 

フードの内側から覗いたの、一人の少女の顔だった。 

私は、と、しゃくりあげながら。 

彼女は、彼女の想いを口にする。 


「私は、戦場ヶ原先輩が、好きだ」 


「そう、私はそれほど好きじゃないわ」 

戦場ヶ原は平坦にそう言った。 

「それでも、そばにいてくれるかしら」 

まったく、これは僕の夢の中だというのに、見事なまでに脇役だ。 

いつもながら、あつらえたような三枚目を演じたものである。 

けどまあ、それでいいのだろう。 

いつだってどこだって、強く逞しい彼女達は。 

僕とは違って、本当の意味で、一人で勝手に、助かることができるのだから。 




209 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 00:11:13.50 ID:S2lyFphF0
後日談というか、今回のオチ。 

翌日、いつものように二人の妹、火憐と月火に叩き起こされた僕は、勉強の合間を縫って、神原の家に出掛けた。 

今日は半月に一度の掃除の日だった。 

「そういえば、神原。悪いんだけど、来月辺りは僕、受験間近だからさ、部屋の掃除に来れないから」 

「そうか。うむ、わかった。それでは、次に阿良々木先輩が来るときには、大掛かりな掃除になるな。洗剤や染み抜きはこちらで用意しておこう」 

「なぜ僕が来ない間に、自分で部屋を掃除するという選択肢がないんだよ」 

まあいいや、今度こいつの家に来るときには、戦場ヶ原と一緒に来よう。 

そうすればこいつも、少しは自分で部屋を片付けるかも、しれないしな。 




210 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/31(金) 09:08:13.63 ID:Dh7YcFFy0
乙 


213 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/31(金) 19:21:46.04 ID:GhyGnA6vo
すごく面白い。乙です。 


216 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/03(月) 22:47:12.16 ID:NjDF30TR0
「神原駿河だ。 
趣味趣向から”神原まっするが”と呼ぶ者もいるが、まぁ好きに呼べばよい」 

「ダッフルコートを犬の犬種だと思ったり、デリカテッセンをツンデレの最上級だと思ったり、パラリーガルをイケてるお姉ちゃんだと思ったりするボーンヘッドは誰にでもあるけれど、しかし、自己贔屓をするわけでもないが、モロヘイヤをすごい平野だと思っていたのは、バスケ界広しといえどもこの私だけだろう」 

「ところで「贔屓」って言葉、貝が多すぎるよな……お前は貝物ランドの王子さまか!」 

「次回かれんビー 其ノ肆」 

「神原まっするがはやっぱりやめてくれ!」 


217 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/03(月) 22:48:45.68 ID:NjDF30TR0
今回は、アイデアが浮かばなかったので、予告は丸パクリですが、勘弁してください。 
後、なでこスネイクは、今までより少し短くなります。 


218 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/03(月) 23:01:18.52 ID:NjDF30TR0
失礼、かみました。 

「次回、心が強くてニューゲーム其ノ肆」 


221 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/04(火) 00:57:29.84 ID:h+J3IN9+O
かれんビーまで跳ぶの? 


222 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/04(火) 01:37:32.17 ID:VzrKAbhqo
いいスレを見つけてしまった 
楽しみに待ってます! 


223 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 22:58:53.49 ID:NsX4M0ja0
「どうした?阿良々木先輩」 

「ん、いや…………」 

また夢か。 

ここは………… 

「それにしても、こんな山道で人間とすれ違うとは、意外だったな。阿良々木先輩の手前口には出せなかったが、私はてっきりこの階段、死道だと思っていたぞ。それに、随分と可愛い女の子だった」 

ああ、やっぱりそうなのか。 

千石撫子。 

夢の中でさ、僕には合わせる顔なんて、ないんだけどな。 

「ま、登ろうぜ」 

と、僕は神原に言った。 

「上から人が来たってことは、とりあえず上に何かがあるってのは確かなことだ」 

「うむ。それもそうだな」 




224 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:00:27.81 ID:NsX4M0ja0
「と言いつつ、阿良々木先輩は立ち止まったまま私の胸から目が話せないようだった。なんだかんだ言っても男の本能には逆らえないようである」 

「なんでお前がモノローグを語る!?」 

「今回は番外編だから私が語り部なのだ」 

「そんなわけないだろ!」 

ていうか、お前の語り部すげえ真面目な感じだったじゃん。 

ほんと、全然十八禁に指定されるような描写もなかったし。 

「むう。なかなかうまくいかないものだ、こうすれば、阿良々木先輩くらい軽く虜にできると思っていたのに」 

「そんなことを思っていたのか………」 




225 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:01:03.53 ID:NsX4M0ja0
「ところで、阿良々木先輩。さっきは聞きそびれてしまったのだが、山に行って、それからどうするのだろう?」 

「いや、その質問をするのは随分と遅いと思うんだけど…………………ほら、忍野からの仕事だよ」 

「忍野?ああ、忍野さんか」 

そう聞くと、神原が複雑な顔をした。この後輩にしては珍しい反応だが、まあ、さもありなんという感じだ。 

忍野メメ。 

こっちの神原は、直接忍野に助けられてはいないものの、手を貸してもらってはいないものの、それでも、今後の相談などは結局忍野から話すことになったのだ。 

「ああ。あの山の中に、今はもう使われていない小さな神社があるそうなんだけど、そこの本殿に、お札を一枚、貼ってきてくれ。っていう、そういう仕事」 




226 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:01:51.00 ID:NsX4M0ja0
「………なんだそれは」? 

不思議そうに聞き返してくる神原。 

「お札というのも不可解だが、しかし、そんなの、忍野さんが自分でやればいいのではないか?あの人は基本的に暇なのだろう?」 

「僕もそう思うけど、まあ、『仕事』だよ。僕はあいつに世話になったとき、洒落にならないような多額の借金をしちまってるからな。……………お前だってそうなんだぜ?神原」 

「え?」 

「あいつはあれでもれっきとした専門家なんだから。ロハで相談に乗ってくれるほど甘くはないさ。世話になった分は、働いて返さなきゃ」 

「ああ、それで………」 

神原は得心いった風に頷く。 




227 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:02:27.95 ID:NsX4M0ja0
僕はそんな神原の言葉を「そう」と、継いだ。 

「だから、僕はお前を呼び出したってわけ。昨日、忍に血ィ飲ませに行ったとき、忍野に頼まれてな。お前も一緒に連れて行くよう、忍野から言われたんだ」 

「ふむ。なるほど、借りたものは返さなければならないというわけか」 

「そういうこと」 

「わかった。そういうことならば是非もない」 

神原はぎゅうっと、強く、僕の腕に抱きついてきた。 

その行為の意味は複雑そうで推し量ることができないが、どうやら、何かを決意したらしい。 

まあ、そういう意味では、貸し借りとかに関しては、神原駿河、とても義理堅い性格なんだよな。 




228 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:03:00.88 ID:NsX4M0ja0
「私の左腕は」 

突然、神原は言った。 

「忍野さんの話では、二十歳までに、治るそうだ」 

「へえ、そうなのか」 

「うん。まあ、このまま何もしなければ、だが」 

「そりゃよかったな。二十歳過ぎりゃ、またバスケットボールができるってことじゃないか」 

「そうだな。勿論、身体がなまっては望みも潰える。そのための自主トレはかかせないが」 

と、神原。 

そして続ける。 

「阿良々木先輩は………どうなのだ?」 

「僕か?」 

「阿良々木先輩は………一生、吸血鬼なのか?」 

「…………僕は」 

一生。 

一生………吸血鬼。 

人間もどき。 

人間以外。 




229 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:03:44.36 ID:NsX4M0ja0
「僕は………一生吸血鬼だよ。なんだかんだ言って、この能力に頼っちゃってるからな。まあ、慣れればむしろ、得なくらいだよ」 

「私は強がりが聞きたいのではない。阿良々木先輩。忍野さんから聞いた話では……忍という少女を助けるために、阿良々木先輩は吸血鬼に甘んじているとのことだったが」 

「……………………」 

忍野、それにしても、口が軽いな。 

まあ、相手が『左腕』の神原だからこそ、参考すべき先例として、あえてその話をしたんだろうけど。 

「そんなことはないよ。忍のことは………まあ、責任だ。助けるなんて、そんな格好いいもんじゃないよ」 




230 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/04(火) 23:04:28.25 ID:00rfhUiy0
バルログさん 


231 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:04:32.30 ID:NsX4M0ja0
「それに、お前だって、今は直ぐその左腕を治してやるって言われても、拒否するんじゃないのか」 

それが、彼女の責任なのだから。 

「私のことをあまり買い被らないで欲しいのだが、まあ、そうだな。阿良々木先輩の言う通りだ」 

「けど、僕の場合、吸血鬼の力に頼っちまってるってのは、本当なんだけどな」 

自嘲気味に、僕は言った。 

「そうか…………出過ぎたことを聞いてしまったな」 

「そんなことねえよ。神原、僕のことを心配してくれてんだろ?」 

「…………まあ」 

「大丈夫だ。心配には及ばないよ」 

本当は、全然大丈夫なんかじゃないのだけれど、でも後輩の前でくらい、格好をつけたって、いいだろう。 




232 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:05:06.29 ID:NsX4M0ja0
そこから五分ほど歩いて、僕達は神社の入口にたどり着いた。 

「そうだ、バルカン後輩」 

「なんだ?らぎこちゃん」 

「ここの神社って、忍野が言うにはなんか良くないものが溜まってるみたいだからさ、お前は気分が悪くなるかもしれないんだ」 

「そうか、では私は休憩できる場所を探しておくとしよう。なにもお札を二人で貼りに行く必要もないだろうしな」 

「ああ、じゃ」 

そう言って、僕は神原に背を向け、草を踏み分けるようにして建物の方に向かった。 

そして、前と同じように本殿に札を貼って、神原を探した。 

すると、やはり神原は重箱を脇に置いて。 

呆けているように………佇んでいる。 




233 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:05:40.37 ID:NsX4M0ja0
「神原!」 

声をかけ、肩に手を置く。 

「ひゃうんっ!」 

びくっと震えて、神原は振り向いた。 

「あ、ああ…………なんだ、阿良々木先輩か」 

「なんだ、どうしたんだよ?随時可愛い悲鳴をあげるじゃねえか」 

「いや……………阿良々木先輩」 

神原は、正面を指さした。 

「あれを、見てくれ」 

「………………………」 

僕は言われた通り、神原の指さす方向を見た。 

そこには予想通り、切り刻まれた蛇がいた。 

ぐねぐねと長い、にょろりとしたその身体の節々を、刃物で五等分されて殺された、一匹の蛇の死体があった。 




234 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:06:37.57 ID:NsX4M0ja0
「悪い、羽川……………そろそろ予算枠を越超えそうだ」 

神原と神社に行った次の日。僕は羽川と一緒に学校の近くにある大型書店に足を運んでいた。 

「へ?予算枠って?」 

「一万円」 

「あー。参考書って割りと高いからね。内容を鑑みれば、しょうがないことではあるけれど」 

羽川と、こうやって面と向かって話すのは久し振りだな。 

最近あいつ、全然日本に帰って来ねえし。 

「でも」 

羽川は唐突に言った。 

「私は、少し、嬉しいな」 

「………何が?」 

「阿良々木くんが、参考書選びを手伝って欲しいとかさ、そんなこと、言い出すなんて」 

「まあ、いつまでも戦場ヶ原に頼りっぱなしってわけにもいかないしな」 




235 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:07:15.27 ID:NsX4M0ja0
「ああ、戦場ヶ原さんにマンツーマンで勉強見てもらったんだっけ?」 

「そう。なんか、戦場ヶ原に勉強見てもらってさ、久し振りに勉強の仕方がわかったっていうか、思い出したんだよ」 

「へえ、そういうことなら、私も全面的に協力させてもらうわ」 

「……………………………」 

全面的に協力。 

しかし、この頃の彼女は、本当に戦場ヶ原が僕に勉強を教えていることを、快く思っていたのだろうか? 

…………思っていたに決まっている。 

彼女は、自分の気持ちを抱えながらをも、それが出来てしまうほどに、完璧だったのだから。 

「はい。これでぴったり一万円」 

「サンキュー。大事にさせてもらうよ」 




236 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:08:15.72 ID:NsX4M0ja0
その後、僕はやっぱり羽川に神原の事を問い詰められた。 

「でもなー。僕、戦場ヶ原から、神原の面倒をちゃんと見るように、言われてるんだよな。神原の方も、同じようなこと言われてるみたいだし」 

「それは、そうね。こんな感じなんじゃない?」 

羽川は、そっと、その両手を僕の頭に伸ばしてきた。それぞれの手で、左右から僕の頭を触り、固定する。 

「…………………………」 

「はい、どうぞ」 

羽川は両手で僕の頭の角度を調節し、僕を見上げるようにした自分の顔と、ぴったり正面に、向かい合うようにする。 

「羽川。あまり僕を見くびらないでくれ。僕は、そんなに軽くねえよ」 

前よりも少しは、強く濃くなれたはずだ。 




237 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:09:09.44 ID:NsX4M0ja0
「へえ、意外だな。誰にでも優しい阿良々木くんなら、結構引っ掛かると思ったんだけど」 

羽川は、僕の頭から両手を離して、そんなことを言う。 

意外そうな顔していたが、そこに取り乱した様子は………………なかった。 

「お前が言いたいことはよくわかったよ。これからは気をつけるって」 

「うん。戦場ヶ原さんも、その方が安心できると思うよ」 

「ああ、そうだな」 

「………、痛っ」 

と。 

そこで突然、羽川は右手を、今度は自分の頭部に添えた。 

「大丈夫か?」 

「いや、ちょっと……頭痛が」 

「頭痛………」 




238 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:09:43.09 ID:NsX4M0ja0
でも、今の段階でこいつの問題をどうにかすることは、多分出来ないよな。 

こいつの場合、僕が何らかのアクションを起こせるのは、あの猫が表に出てきてからだ。 

「ああ、大丈夫大丈夫」 

「羽川、誘っておいてなんだけど、今日はもういいから。帰って休んどけ」 

「………うん。ごめんね、阿良々木くん」 

そう言って。 

羽川は、逃げるように、本屋さんから出て行った。 

…………まあここまで来たら、どうせあいつの夢も見るんだろうな。 

あいつのことは、その時にどうにかしよう。 




239 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:10:24.14 ID:NsX4M0ja0
羽川と別れた後、僕は呪術・オカルトコーナーに向かった。 

千石撫子と、接触するために。 

案の定、そこには帽子を被った女の子の姿があった。 

「………千石」 

『暦お兄ちゃんなんて、大嫌いだよ!』 

不意に、そんな言葉が頭をよぎった。 

ああ、もう、今はそんなこと考えている場合じゃないだろ! 

「………あっ」 

僕がそんなことを考えているうちに、いつのまにか千石の姿が消えていた。 

…………しかたない、また、神原と一緒にあそこに向かうとしよう。 

そう思って直ぐに、僕は神原の携帯に電話をかけた。 

呼び出し音が五回くらい。 

「神原駿河だ」 




240 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:11:08.65 ID:NsX4M0ja0
「神原駿河。得意技は二段ジャンプだ」 

「嘘をつけ。あれは人間業じゃない」 

「ん。その声と突っ込みは阿良々木先輩だな」 

「………いや、そうだけどさ」 

声と突っ込みで判断すんじゃねえよ。 

間違い電話とかかかってきたらどうすんだ。 

「神原、暇だったら、ちょっと手伝って欲しいんだけど」 

「ふふ」 

なんだか不敵に笑う神原。 

「暇であろうとなかろうと、阿良々木先輩に望まれたとあっては、たとえそこがどこであっても私は向く所存だぞ。理由など聞くまでもない、場所さえ教えてもらえれば私はすぐさまそこへ行く」 




241 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:11:37.70 ID:NsX4M0ja0
「そうか、悪いな。昨日行った神社。そこの階段に入る前の歩道で、待ち合わせだ」 

「わかった。ちょうど、自室でのいやらしい本を読んでのいやらしい妄想に一段落ついたところなのだ」 

「…………………………」 

自分から言うんじゃねえよ。 

せっかくこっちが聞かないようにしてたのに。 

「えっと、位置的には…………お前の方が近いだろうけど、僕は自転車だから、多分先について待っている」 

「困るなあ、阿良々木先輩。この私が尊敬している阿良々木先輩を待たせるわけがないだろう。私の信用も地に落ちたものだな。よかろう、絶体に私が先に着く」 

「変な意地を張られても、僕が困るんだが………まあ、なるたけ急いでくれ。ああ、長袖長ズボン、忘れずにな」 

「わかった。阿良々木先輩の仰せの通りに」 

「じゃ、よろしく」 




242 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:12:22.03 ID:NsX4M0ja0
僕が神社の入口に着いたときには、案の定神原はそこにいた。 

「で、阿良々木先輩。私は何をすればいい?」 

「ああ、そうだな。まずは………」 

「脱げばいいのか?」 

「何でそうなるんだよ!」 

「いや、阿良々木先輩が望むのならば、脱がせてくれても構わないが」 

「受動態か能動態かの話をしてんじゃねえよ!」 

お前は僕の中学一年生の頃の妄想が具現化した姿なのか!? 

「では、何をすればいい。遠慮せずにはっきり言ってくれ。私は無骨な人間だからな、遠回しに言われても、まろどっこしい………まろどっこ…………まろどっと」 

「まどろっこしいなあ、おい!」 

「申し訳ない。しろどもろどになってしまった」 

「確かにしどろもどろだが!」 




243 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:12:51.46 ID:NsX4M0ja0
「で、なんだ」 

「この上に、僕の昔の知り合いがいるんだが」 

僕は階段を指さす。 

「うん?」 

「昨日、この階段を昇る途中ですれ違った女の子の、憶えてるよな」 

「うん。ちっちゃくて可愛らしい女の子だった」 

「…………………………」 

「で………その子が、今日もここの神社に来ていると?」 

「そういうことだ。多分な」 

「うーん。いまいち状況が掴めないのだが」 

「うん。まあ、それは後で話すよ。ともかく、お前に頼みって言うのは、その、昔の知り合いとは言え、声、掛けづらくてなだから………」 

「なるほど。阿良々木先輩の言いたいことはわかった。阿良々木先輩の慧眼には恐れ入る、確かに私は、年下の女の子には強いぞ」 

「だろうな。お前を呼んで正解だったよ」 




244 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:13:20.46 ID:NsX4M0ja0
「だか、そうなると…………」 

神原は真剣な口調になって、言った。 

「阿良々木先輩がそういう以上、勿論、手伝うにやぶさかではないが、阿良々木先輩は、当然、昨日のあれ、含んでいるのだろう?」 

「まあ、そうだ」 

「じゃあ、そういうことなんだな」 

「ああ」 

「やれやれ」 

神原は、仕方なさそうに、肩を竦めた。 

「阿良々木先輩は誰にでも優しい、という戦場ヶ原先輩の言葉は、どうやら本当らしいな」 

「別に、そんなんじゃねえよ。ただ、気になったことをほっといて、それで助けられるばすの相手を助けられなくなっても、あんまり面白くねえしな」 

「だが、それは、阿良々木先輩が必ずしも助ける必要はないのではないか?」 

「……………………」 




245 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:13:49.36 ID:NsX4M0ja0
「いいのだ。独り言だ。いや、失言だった。では行こう、阿良々木先輩。早くしないと、彼女が用事を済ませてしまうかもしれない」 

用事。 

おまじないの、解除。 

「ああ……………そうだな」 

そして、神原とまた少し歩いた後、僕達は神社にたどり着いた。 

「………………千石っ!」 

僕は、千石の姿を捉えた瞬間、思わずそう呼びかけてしまった。これでは、神原にわざわざ来てもらった意味がない。 

「やめろ、千石っ!」 

「あ………」 

千石は、僕を見た。 

「暦お兄ちゃん………」 

やめてくれ。 

千石。 

たとえ夢の中でだって、僕はお前に、そう呼んでもらう資格なんて、ないのだから。 




246 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:14:30.40 ID:NsX4M0ja0
「遅かったね。待ちかねたよ」 

と、忍野は見透かしたような言葉で、僕を迎えた。 

僕は火のついていない煙草をくわえた変人、もとい恩人、軽薄なアロハ野郎こと、忍野メメと、向かい合っていた。 

一人で、である。 

神原と千石には、僕の部屋で待機してもらっている。 

やっぱり、千石を、出来ることなら忍野とは会わせたくなかった。 

無論、千石からはきちんと、事情は聞いてきたから、前回のような失敗はおかさないつもりだ。 

……………いや、どうなのだろう。 

どんなに理由を並び立てたところで、結局僕は、千石といるのが辛くて、いたたまれなくて、だからここに一人で来たのかもしれない。 




247 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:15:09.03 ID:NsX4M0ja0
「それじゃあ早速、その妹的存在のお嬢ちゃんについての話をしようか。聞いている限り、切羽つまっているみたいだし」 

「ああ、無事なのは、両腕と、首から上だけだ」 

「うん、そりゃまずいね。それも、巻きついている蛇が二匹なら、なおさらね」 

「………………………」 

人を呪わば穴二つ。 

しかし、今回空いている穴は三つある。 

その後、僕は千石の事を忍野に話し、蛇切縄の対処するための、お守りを二つ貰った。 

ちやんと、二つ。? 




248 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:15:51.66 ID:NsX4M0ja0
「これを使えば、千石は助かるし、千石を呪った奴のところに蛇が返ることもないんだな?」 

僕は、今日何度目かの質問を、忍野にした。 

「うん、そうだよ。けど、阿良々木くん。やけにそこのところを強調するね。何かいいことでもあったのかい?」

忍野は、僕を見てそう言った。 

「今回、その千石ちゃんは完全なる被害者だからね。僕としては、出来るだけ力になりたいと思うんだけど、どうやら、阿良々木くんが気にしてるのは、そういうことじゃないみたいだね」 

忍野は、なおも続ける。 




249 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:16:50.41 ID:NsX4M0ja0
「阿良々木くんは相変わらず優しいね。いや、そこまでいくと、もうただの物好きかな?どっちにせよ、加害者のことまで考えるなんて、バランサーの僕としては理解できないぜ」 

忍野は、そう言って笑った。 

本当に、つまらなそうに。 

「別に、僕はただ、生きていれば誰だって、人を恨むこともあるだろうし、ましてやそいつらはまだ中学生なんだぜ。その二人だって、本気で千石に死んでほしいって願ったわけじゃ……………」 

僕のその言葉を、しかし忍野は遮った。 

「本気だったか、殺意があったかどうかなんて、この際関係ないと、僕は思うけどね。実際、千石ちゃんが死にそうになっているという事実は存在するんだから」 

「…………………………」 




250 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:17:56.73 ID:NsX4M0ja0
「まあ、どのみちそのお守りを使えば、心配しなくても、呪い返しなんてことは起きないよ」 

「………そうか」 

「別に、前にも言ったかもしれないけど、阿良々木くんが何を思おうと僕の知ったことじゃない。ただ…………」 

「ただ?」 

忍野は、言葉を繋いだ。 

「阿良々木くん。誰かを助けようとする気持ちは、そりゃ素晴らしいことだけどね。けど、あんまり誰も彼もどれもそれも助けようとしてたら、いつか痛い目みるぜ」 

「………………………」 

「いざという時に、誰を助けるべきなのかを、ちゃんと考えなきゃ駄目だ」 

誰を助けるべきなのか。 

……………助けるべき、相手。 




252 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:18:45.41 ID:NsX4M0ja0
「はっはー。僕としたことが、ちょっと喋り過ぎちゃったかな。別に、何もいいことなんて、なかったんだけどな」 

忍野はそう茶化すようにして、会話を締めくくった。 

相変わらず、こいつは見透かしたような態度ばかりをとるやつだな。 

けど、 

「わかったよ。お前の言いたいことは。肝に命じておくよ」 

「わかればいいよ。僕だって、いつまでもここに住んでるわけじゃないからね」 

忍野は、軽薄なままの口調で、そう言った。 




253 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:19:32.22 ID:NsX4M0ja0
「それも、ちゃんと理解はしてるさ」 

「理解はしているけど、分かってはいない、かな。阿良々木くんは、ほっといていいものまで、どうにかしようとする傾向にあるからね」 

「………でも」 

それでも。 

「知ってしまったら、どうしようもないだろ。そういうものがあるってことを、僕はもう、嫌っていうほど知ってしまっているんだから」 

「はっはー、いっそ、委員長ちゃんみたいに、全部、忘れちゃえればよかったかい?忍ちゃんのこととかさ」 

「そんなこと、無理に決まってるだろ」 

羽川みたいには、いかないのだ。 




254 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:20:10.25 ID:NsX4M0ja0
「まあでも、常に意識はしてなくちゃ駄目だよ。忍ちゃんは、人間じゃないんだから。変な感情移入はするべきじゃない」 

「それは、忍野…………」 

「それに」 

忍野は言った。 

「阿良々木くんは、いつだってその気になれば………忍ちゃんを見捨てればいつだって、完全な人間に戻れるんだってこと…………僕としては、それも、忘れないでいて欲しいな」 

「忘れないさ。僕は、そんな選択肢を選ばないと決めたことを、忘れない」 

「あっそ」 

忍野は、これで話は終わりだと言わんばかりに、いや、実際終わりなのだけれど、露骨に話を切り上げた。 

「それじゃ、早くその千石ちゃんのとこに行ってやれよ。早くしないと助かるものも助かんなくなっちまうぜ」 




255 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:20:38.79 ID:NsX4M0ja0
学習塾跡を出、僕は寄り道をせずに、自宅へ帰った。 

そして再度、今度は三人で北白蛇神社へと向かった。 

「千石」 

「あ、何……暦お兄ちゃん」 

びくっと反応する千石。 

怒られると思ったのかもしれない。 

「お前、本当はその痕、痛いんだってな」 

「あ…………」 

千石の顔が、さっと真っ青になった。 

「そ、その………怒らないで、暦お兄ちゃん」 

「別に、責めてるわけじゃないさ。ただ、大丈夫なのかなって、思っただけ」 

「そ、その」 

ぎゅっと、帽子を深く被り直す千石だった。 

顔を隠すように。 

見られたくないかのように。 




256 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:21:18.43 ID:NsX4M0ja0
「締め付けられるようで、痛いけど……我慢できないほどじゃないよ」 

「我慢しなきゃいけないのが、そもそもおかしいんだよ。痛いときは痛いで、いいんだ」 

「その通りだぞ」 

神原が横から口を挟んできた。 

「縛られるだけならまだしも、縛られっぱなしというのは、存外、肉体的にはきついものだ。蛇だろうが縄だろうがな」 

「縛られるだけがまだしもになる理由も、暗に精神的なきつさを除外した理由も、僕にはわからねえよ、神原」 

千石はそんなやり取りに、やはり忍び笑い。 

よかった。自分が千石の前でちゃんと喋れてるか不安だったけど、どうやら問題ないみたいだ。 




257 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:21:47.87 ID:NsX4M0ja0
「よし………着いたぞ」 

一番前を歩いていた僕が、当然、一番乗りだった。 

神社跡。 

神が居座る前の。 

人が死ぬ前の。 

「神原。気分は大丈夫か?」 

「うん。思ったより平気だ」 

「何か馬鹿なこと言ってみろ」 

「私は車の中で本を読んで、酔って気分が悪くなるのが好きだ」 

「何か面白いことを言ってみろ」 

「仕方ないではないか!やらなければお金をくれないと脅迫さるたのだ!」 

「何かエッチなことを言ってみろ」 

「好きな女の子が処女かと思ったら猩々だった」 

「よし」 

やっぱ、最後が微妙なんだよな。 




258 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:22:17.06 ID:NsX4M0ja0
「じゃ、とっとと準備するか」 

「そうだな」 

前回と同じように、土に木の棒で線を引き、懐中電灯同士を繋いで、スクエアを形成した。 

いわゆる結界といつやつだ。 

そして、そのスクエアの内部に………千石が這入る。 

一人で。 

スクール水着ではなく、月火の目を盗んで拝借した薄手の服で。 

「阿良々木先輩。薄着の服ならば、わざわざ妹さんから借りなくても、私が持っていたのに」 

「スクール水着なんて着せれるか。年下の女の子に神社でスクール水着を着せるとか、どんな変態だって話だ」 

「そうか?私には、そのシチュエーションはすごく味が出ると思えるがな」 

「なんでこの場面で、味なんて出さなきゃならないんだよ」 




259 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:22:49.89 ID:NsX4M0ja0
「それに、阿良々木先輩が購入した本の中には、そのようなシチュエーションのものもあったと思うのだが?」 

「……………………………」 

お前、どんだけ僕のことストーカーしてんだよ。 

ていうか、なんで僕はそれに気づかないんだよ。 

いくらなんでも鈍すぎるだろ。 

神原との掛け合いはそのくらいにして、僕は千石に、忍野から渡された二つのお守りを、千石に手渡した。 

「で、真ん中に座って………シートの上な。そのお守りを力一杯握って、目を閉じて、呼吸を整えて…………祈れば、いいんだってさ」 




260 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:23:26.15 ID:NsX4M0ja0
「祈るって………何に?」 

「何かに。多分、この場合は………」 

蛇。 

蛇神。 

蛇切縄。 

自分、自身に。 

「わかった………頑張る」 

「おう」 

「暦お兄ちゃん………ちゃんと見ててね」 

「……ああ」 

「撫子のこと………ちゃんと見ててね」 

「…………任せとけ」 

僕は結界から外に出て、蚊取り線香の設置を終えた神原と並んで、少し離れた位置から回り込むように、千石の正面に移動した。 

「じゃ…………」 

と。 

千石は既に目を閉じていた。 

両手をぎゅっと、胸の前で握り締めている。 

儀式は、既に、始まっていた。 




261 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:24:15.60 ID:NsX4M0ja0
「しかし、阿良々木先輩は本当に、手当たり次第、人助けを行うのだな」 

儀式を見守る最中、神原は言った。 

「まあ、できる限りは、助けたいと思うよ。それが、甘えでも、無責任でも、自己満足でも」 

自己満足に甘んじる覚悟。 

果たして、火憐には偉そうに言ったものの、僕にはそれが、できているのだろうか? 

「戦場ヶ原先輩はそんな阿良々木先輩のことを好きなんだと思うし、そういうところが阿良々木先輩の魅力なのだと私も思う。でも、願わくば」 

神原は言った。 

「もしも、それでも誰か一人を選ばなくてはならない状況が訪れれば、そのときは迷わず、戦場ヶ原先輩を選んであげて欲しいな」 

忍野は、誰か一人を考えておけと言った。 

神原は、誰か一人は戦場ヶ原にして欲しいと言う。 




262 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:24:46.07 ID:NsX4M0ja0
「………………………」 

それはきっと、 

「自分を犠牲にするのは、阿良々木先輩の自由だけれど、戦場ヶ原先輩のことは、大事にしてあげて欲しい。…………まあ、本当は、私にこんなことを言う資格はないのだろうけどな」 

「いや、それはきっと、それはお前だからこそ、言えることだろう」 

「………なら、いいのだが」 

「心配には及ばないよ。僕はあいつのことを、一生背負うって決めてるからな」 

「そうか。あ…………阿良々木先輩」 

あれ、と神原は、正面を指した。 

首元から、鱗痕が消えていく。 

鎖骨から、鱗痕が消えていく。 

二匹の蛇切縄が、千石から、離れていく。 

「滞りなく、進みそうだな」 

「うん」 

「本当に、よかった」 




263 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:25:21.76 ID:NsX4M0ja0
「暦お兄ちゃん…………」 

儀式は、何事もなく、無事に終わった。 

さすがに二匹の蛇となれば、全て消えるのに多少時間はかかったが、それでも結果は上出来と呼べる部類だった。 

蛇が去り、 

意識を取り戻したらしい千石が、僕と神原のところへ、覚束ない足取りで、近付いてきた。 

しかし、それで彼女が苦しくなくなるわけではなく。 

泣かなくていいわけでも、ない。 

「暦お兄ちゃん。助けてくれて、ありがとう」 

だから、やめてくれ。 

千石。 

お願いだから、ありがとうなんて、そんな聞くに堪えない言葉…………言わないでくれ。僕に、お前からそんなことを言ってもらう資格はない。 

僕は、あろうことか、お前を本気で、殺そうとしたのだから。 




264 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/04(火) 23:26:43.58 ID:NsX4M0ja0
後日談というか、今回のオチ。 

翌日、二人の妹、火憐と月火に叩き起こされた僕は目を覚ました後、散歩に出かけた。 

目的地もなく、ぶらぶらと歩いてるつもりだったが、ふと立ち止まると、そこは、千石撫子の家。 

「暦お兄ちゃん?」 

なんて、そんな声が聞こえるわけもなく、僕は直ぐに、その家を通り過ぎた。 

すると、二人の中学生くらいの女の子とすれ違った。 

何気なくその女の子達に目をやると、二人は、千石の家に入っていた。 

とても、楽しそうに。 

友達と遊ぶのが、待ちきれないといった様子で。 

「よかったな」 

本当にいい。 

最高だ。 

声を上げて、笑いたいくらいに。 

声を上げて、叫びたいくらいに。 




267 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/05(水) 01:31:32.38 ID:mVwwc/6go
乙 
素晴らしい 


273 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/05(水) 23:28:08.49 ID:e3H4rkPKo
アニメしか見ていない自分にはわからん所がちらほら 


274 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/07(金) 23:04:48.54 ID:TqnkOKnL0
「な?でこだYO?」 

「今日もブラザーたちに、ご機嫌の予告をお届けするよ!」 

「ツイスターゲームを漢字で書こうシリーズ!」 

「撫子は撃墜の「墜」に「星」って書いてツイスターゲーム」 

「いったいいくつの星があのゲームで落とされてきたのかな?」 

「いつの日か、『撃墜王』って呼ばれてみたいものだよね」 

「シャルウィゴーでチェケラウ!」 

「次回、心が強くてニューゲーム 其ノ伍」 

「こっちの方が、台詞が多い気がする………」 


279 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/08(土) 12:23:42.45 ID:hQU9Juih0
「どうしたの、阿良々木くん。随分と無口じゃない」 

ここは…………車の中か。 

隣に戦場ヶ原がいて、運転席には、戦場ヶ原のお父さんがいる。 

「阿良々木くん。初めてのデートだから緊張するのはもっともだけれど、でも、そんなことじゃ、持たないわよ。夜は長いのだから」 

「ああ、わかってるよ」 

この日は、僕にとっての記念すべき日。 

それと同時に、悪夢のような一日だった。 

だが、今回は違う。あいつが僕を苛めて楽しむの、あいつが楽しいならそりゃいいんだけど、でも、やられっぱなしの僕じゃない! 




280 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/08(土) 12:24:44.48 ID:hQU9Juih0
「ねえ阿良々木くん」 

戦場ヶ原が平坦な口調で言う。 

「私のこと、好き?」 

「ああ、好きだぜ。僕は戦場ヶ原のことが大好きだ」 

負けじと僕も平坦な口調で言った。 

「戦場ヶ原?それは私のことを指しているのかしら。それとも、お父さんのことを指しているのかしら」 

「あ、いや、それはもちろ…………」 

「お父さん。良かったわね。阿良々木くんがお父さんのこと、大好きだって」 

「ひたぎさん!僕はひたぎさんのことが大好きです!」 

くっ、油断した。 

だが、まだまだこれからだ。 




281 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/08(土) 12:25:20.38 ID:hQU9Juih0
「なによ、慌てちゃって。それじゃあまるで、阿良々木くんはお父さんのことが嫌いみたいじゃない」 

戦場ヶ原は、直も攻撃の手を緩めない。 

本当、楽しそうだなあ。 

お前が楽しそうだで、僕は満足だよ! 

「いや、そんなことは………」 

「お父さん。阿良々木くんはお父さんのことが嫌いらしいわよ」 

「だから、そんなことは言ってない!」 

戦場ヶ原父は、僕達のやり取りに無反応。 

いや、何回か話してみたけど、全然、無愛想ってわけじゃないんだよな。 

娘のことを第一に考える。 

それは、父親としては当たり前のことかもしれないけれど、それでも、当たり前のことを当たり前にできる人で、正直、尊敬する。 




282 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/08(土) 12:25:46.27 ID:hQU9Juih0
「………………………」 

「あら。また静かになっちゃったわね。少しいじめ過ぎたかしら」 

戦場ヶ原は僕の方を向いて言う。 

「阿良々木くんって反応がいいから、ついつい凹ましたくなっちゃうのよ」 

「その台詞に何より凹むよ………」 

全く。 

いつまでたっても、僕はこいつに敵わないんだな。 

…………いや、例え敵わなくても、引き分けくらいには持ち込めるかもしれない。 

「お前は、僕のどういうところが好きなんだ?」 

「優しいところ。可愛いところ。私が困っているときにはいつだって助けに駆けつけてくれる王子様みたいなところ」 




283 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/08(土) 12:26:31.27 ID:hQU9Juih0
「へえ、そりゃありがたいな」 

僕は、できるだけ平静を装って答えた。 

あいつが僕のリアクションを見て楽しむというのなら、僕は平静を装うまでだ。 

そうすれば、少なくとも僕の負けではないだろう。 

………………いや、そもそも何の勝負だって話なのだが。 

「ふん、つまらないわね。せっかく私が褒めてあげているのだから、もっと喜びなさいよ」 

「別に、僕は充分喜んで………」 

「お父さん。もしかしたら私、初恋の人に愛されていないかもしれないわ」 

「わーい。ひたぎさんに褒められたぞ。すげえ嬉しい!」 

「あらそう」 

…………いや、お前それはずるいだろ。 

なんでもかんでも父親にチクるんじゃねえよ。 

そうまでして僕を苦しめたいのか。 




284 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/08(土) 12:27:00.54 ID:hQU9Juih0
「そういえば」 

と、戦場ヶ原は言った。 

自分の都合でぽんぽん話題を変える奴だ。 

「そういえば、ゴミ……いえ、阿良々木くん」 

「今お前、自分の彼氏をゴミと言いかけたか?」 

「何を言っているの、いわれのない言いがかりはやめて頂戴。そんなことより阿良々木くん、この前の実力テスト、どうだったの?」 

「あん?」 

「ほら、私が、私の家で、二人きりで、機会があるこどに、昼となく夜となく、散々面倒見てあげたじゃない」 

「………………………」 

だから、何故わざわざそんな言い片をする………。 

つーか、夢の中テストの点数なんて知らないのだけれど。 

まあ、適当に答えればいいか。 




285 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/08(土) 12:27:31.50 ID:hQU9Juih0
「何をいい惜しんでいるの。早く具体的な点数を教えなさい。勿体ぶっているようだと、身体中の関節を全部逆向きに折り曲げて、なんだか逆に格好いいみたいな体型にしてあげるわよ」 

「その体型に格好いい要素はひとつもねえよ!」 

「格好悪い?」 

「格好悪いなんてレベルの話じゃない!」 

「(笑)?」 

「笑えねえよ!」 

「さあ、ブリッジと勘違いされて封鎖されないうちに、早く教えなさい」 

「いや、言ってやったみたいな顔してるけど、それ、全然上手くないから」 

ともあれ、僕は戦場ヶ原に適当に点数を伝えた。 

記憶にある点数より、気持ち高めで。 




286 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/08(土) 12:28:05.55 ID:hQU9Juih0
「まあ、それなりね。少し前から勉強を始めていたことを含めても、妥当な数字ね」 

「妥当ね」 

「ええ。妥当過ぎてつまらないわ。もしも悪い点数だったら、半殺しにするつもりだったのに」 

「お前はいったい、何がどうなったら満足するんだよ!」 

「笑のヒントを、そう簡単に他人に求めるものではないわよ、阿良々木くん」 

「僕はお前の退屈しのぎの為にテストを受けているわけじゃない!」 

それにしも、 

進学。 

大学受験。 

ああ、本当にこのころから、真面目に勉強してればなあ。 

後、一ヶ月か………… 




287 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/08(土) 12:28:53.41 ID:hQU9Juih0
「まあでも、これなら少しは神原と遊んであげる時間がとれるかもね」 

戦場ヶ原は、強いて平坦な口調で言った。 

強いて平坦にしたと、わかる口調だった。 

「阿良々木くんだって、神原とは遊びたいって思うでしょう?」 

「そりゃな。面白い奴だし」 

ちょっと面白過ぎるけど。 

それに。 

「お前が神原と仲良くしてるのを見ると、僕がこんなことを思うのは筋違いで、余計なお世話かもしれないけれど、それでも、嬉しいよ」 

「そう。それなら、今度、三人で遊びましょうか」 

「ああ、そうしようぜ」 




288 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/08(土) 12:29:19.66 ID:hQU9Juih0
そんなことを言っている内に、時間経過。 

気付けば、いつの間にか僕達が乗る車は高速道路を降りていた。 

「もう少しね」 

同じように窓の外を確認し、戦場ヶ原は言った。 

「あと十分くらい、かしら。時間的にも、丁度いい…………か。さすが私ね」 

「………………………」 

いや、だからそれは戦場ヶ原父の手柄だと思うだけれど。 

お前、車の中で僕と喋ってただけじゃん。 

「うるさいわね」 

「え?何も言ってないじゃん」 

「呼吸音や心音がうるさいと言っているのよ」 

「いや、それは死ねと言っているんだ?」 

そんなやり取りをしている内に、僕達の乗る車は、駐車場へとたどり着いた。 




289 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/08(土) 12:29:53.25 ID:hQU9Juih0
「阿良々木くん、とか言ったね」 

「あ、はい」 

目的地に到着した後、案の定、僕と戦場ヶ原父を車に残して戦場ヶ原は行ってしまった。 

……………やっぱり、気まずいな。 

「そうか」 

と、頷く戦場ヶ原父。 

「娘を、よろしく頼む」 

「……………………」 

「なんちゃって」 

と。 

戦場ヶ原父は続けた。 

………この場合は、やっぱり笑うべきなのだろうか? 

僕にどうしろというのだ。 




290 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/08(土) 12:30:43.10 ID:hQU9Juih0
「ひたぎの母親のことは、もう聞いているね」 

「はい」 

「じゃあ、ひたぎの病気のことも」 

「……………………」 

「まあ、それだけじゃないし、無論、仕事ばかりにかまけていた僕の責任も少なからずあるが…………ひたぎはすっかり、心を閉ざした人間になってしまった」 

「ええ、よく知っています」 

それは、よく知っている。 

一年次と二年次。 

三年次の一ヶ月。 

そして、今でさえ、こちらの彼女は、心を開いているとは……………言えない。 

「その辺りのことについては、言い訳のしようがないな。子供がやったことは親の責任だが、親がやったことに、子供には何の責任もないんだから」 

「責任、ですか…………」 




291 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/08(土) 12:31:35.94 ID:hQU9Juih0
「母親のことがあるからな。それに、病気のこともある。あの子は人を愛する側の人間だが、愛し方がわからない」 

だから、好きになる努力をしたい、と。 

彼女は言ったのだろう。 

それは、彼女なりの手探りでの、愛し方。 

「ひたぎは愛する側の人間だから」 

戦場ヶ原父は言う。 

「だから、しかるべき相手には、全体重をゆだねる。全力で甘える。愛するっていうのは、求めるってことだからね」 

「愛し、愛されたい…………」 

「だから、あの子は心の中でずっと叫んでいた。私を見て、と」 

「……………………」 

「そして、きみはそんなあの子を見つけた。見つけただけではなく、見続けようとした。してくれた。阿良々木くんには、本当に感謝しているよ」 

思い入れを込めて、静かに語る戦場ヶ原父。 




292 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/08(土) 12:32:16.95 ID:hQU9Juih0
「……随分高く買ってもらっているようで、恐縮ですけれど………でも、そんなの、たまたまだと思いますよ」 

「そうかい?ひたぎの病気を治すのにも、きみが一役買ってくれあと聞いているが」 

「だから…………別に、それは僕じゃなくても、よかったんだと思います。ひたぎさんを見つけたのがたまたま僕だっただけで、たまたまそこに居合わせただけで、僕以外の誰でもよかったんだと思います」 

「それでいいんだよ。必要なときにそこにいてくれたという事実は、ただそれだけのことで、何にも増して、ありがたいものだ」 

戦場ヶ原父は。 

今日初めて、笑ったようだった。 

「あれは自慢の娘だ。僕は娘の見る眼を信用している。あれが連れてくる男なら、間違いないだろう」 

「………………………」 

「娘をよろしく頼むよ、阿良々木くん」 

「…………はい」 




293 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/06/08(土) 12:33:03.02 ID:hQU9Juih0
「目を開けていいわよ」 

あの後すぐに、戦場ヶ原は車に戻ってきたので、僕は戦場ヶ原の言われるがままに、得に抵抗することもなく、例の、お勧めのスポットに案内された。 

「…………………………………………うおお」 

目の前に広がるのは、満天の星。 

降るような星々。 

何度見ても、心を奪われる。 

「どうかしら、阿良々木くん」 

「すごいな。正直、言葉にならない」 

「語彙が足りないのね」 

感動に水を差す毒舌だった。 

しかし、やはりその程度で。 

彼女の吐く毒ですら、この星空の下ではその程度で。 




294 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/08(土) 12:33:48.33 ID:hQU9Juih0
「あれがデネブ。アルタイル。ベガ。有名な夏の大三角、ね」 

僕は、彼女が指差す星を辿り、覚えながら、空を見る。 

「あの辺りがへびつかい座よ。だから、へび座は、あの辺りに並んでいる星になるわね」 

戦場ヶ原が、夜空を指をさして、滔々と説明する。 

「あそこのひときわ明るい星がスピカ……だから、あの辺りはおとめ座ね。あっちにかに座…………は、ちょっと判別しづらいかしら」 

「いや、わかるよ。続けて」 

「そう」 

戦場ヶ原はそうやって、一つ一つ、見える限りの星座と、それにまつわるエピソードとを、語ってくれた。それは、一度聞いたことがあるにも関わらず、やっぱり、とても心地よかった。 




295 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/08(土) 12:35:48.19 ID:hQU9Juih0
「そんなこんなで、なにはともあれ」 

あらかた、星座の解説を終えて。 

戦場ヶ原は、平坦に言った。 

「これで、全部よ」 

「何がだ?」 

星空を見上げたままで言う戦場ヶ原。 

「勉強を教えてあげられること。可愛い後輩と、ぶっきらぼうなお父さん。それに、この星空。私が持っているのは、これくらいのもの。私が阿良々木くんにあげられるのは、これくらいのもの。これくらいで、全部」 

「全部…………」 

「まあ、厳密に言えば、毒舌や暴言があるけれど」 

「それはいらない!」 

「それに、私自身の肉体というのもあるけれど」 

「それは……………」 




296 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/08(土) 12:36:33.84 ID:hQU9Juih0
「それは、無理にはいらないよ。お前の、好きなときでいい」 

「そう。そう言ってもらえると、私も楽になるわ」 

戦場ヶ原は続ける。 

「いつか、いつか絶対に何とかするから、少しだけ、それは待っていて欲しいの」 

「構わないさ。僕はお前のことを、一生背負うって決めてるんだから」 

僕が生きている限り。 

彼女が生きている限り。 

ずっと。 

「ねえ阿良々木くん」 

戦場ヶ原が平坦に言う。 

「私のこと、好き?」 

「好きだよ」 

「私も好きよ。阿良々木くんのこと」 

「ありがとう」 




297 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/08(土) 12:37:03.61 ID:hQU9Juih0
「私のどういうところが好き?」 

「全部好きだ。好きじゃないところはない」 

「そう。嬉しいわ」 

「お前は、僕のどういうところが好きなんだ?」 

「嬉しいよ」 

そして。 

戦場ヶ原は、照れも衒いもまるで滲ませず、言った。 

「キスをします」 

「………………………」 

「違うわね。こうじゃないわ。キスを………キスをして………いただけませんか?キスをし………したらどうな………」 

「戦場ヶ原」 

「…………………」 

「キスをしよう」 

「……………はい」 




298 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/08(土) 12:37:32.03 ID:hQU9Juih0
後日談というか、今回のオチ。 

翌日の夜、僕は戦場ヶ原を連れだって、例の神社。北白蛇神社まで来ていた。 

星を、見るために。 

「へえ、こんなところからも、こんなに綺麗に星が見えたのね」 

「ああ、ここって結構空に近いし。さすがに、あそこまでとは言わなくても、なかなかのもんだろ?」 

「ええ、さすがはいなか町ね」 

「いや、そこは僕を褒めてくれよ」 

「だって、どうせ阿良々木くんが自分でこの場所を見つけたわけじゃないのでしょう?」 

「…………………」 

まあ、その通り。 

影縫さんから聞いたんだけどな。 

「それにしても、冬の大三角がよく見えるわね」 

「ん?どこだ?」 

「あそこよ」 

そう言って、戦場ヶ原はあの時のように、星空を指差した。 

「あれがシリウス。ブロキオン。ベルギウス………………」 

僕はそれを忘れないように、目で追いながら、眺めていた。 




299 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/08(土) 12:53:25.01 ID:ygrZz56TP
おつおつ 
すげえ面白かった 
偽物語も気が向いたら書いて欲しいぜ 


300 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/08(土) 12:54:25.11 ID:zdd62eve0
乙 
面白かった 
阿良々木君かっこいいな 


311 : 蝋燭沢 [saga]:2013/06/14(金) 23:37:37.48 ID:TphzSrqJ0
「羽川翼です」 

「電子辞書が台頭し始めた頃には『電子辞書では調べたい言葉の意味しか分からないが、紙の辞書だったら調べたい言葉だけじゃなく、周りの言葉の意味も知ることが出来るんだよ』なんて言われてましたけど、最近じゃ電子辞書もリンク機能が発達してきたので、紙の辞書よりよっぽど周りの言葉の意味が分かるようになっちゃいましたね」 

「完全に机上の市民権を得たというか、今じゃ戦場ヶ原さんが武器に使っても不思議じゃないかも」 

「迂闊に熱中すると、最初に調べていた言葉が何だったか忘れちゃうところは同じですけれど。辞書は電子化できても人間は電子化できないのかな?」 

「次回、心が強くてニューゲーム 其ノ陸」 

「残念ながら、最終回です」 


315 : 蝋燭沢 [saga]:2013/06/15(土) 21:09:45.57 ID:eXtJzuNV0
「何よ」 

戦場ヶ原は言った。 

「阿良々木くん、どこかに行くの?」 

「ちょっとそこまで」 

「何をしに行くの?」 

「人道支援」 

「あらそう」 

取り澄ましたものだった。 

さすがは戦場ヶ原ひたぎ。 

たとえ夢の中でも、僕のことはわかっているようだ。 

「いいわ。行ってらっしゃい、阿良々木くん。本来ならばあり得ないことだけれど、特別に情けをかけて、私が代返しておいてあげる」 

「四十人ぽっちの高校の授業で代返なんて、何の意味もないと思うが…………まあいいや」 




316 : 蝋燭沢 [saga]:2013/06/15(土) 21:10:52.77 ID:eXtJzuNV0
「それじゃ」 

「ええ。頑張ってちょうだい」 

そうやって、戦場ヶ原と別れた僕は、駆け足で自転車置き場へと向かった。 

羽川翼の為に。 

羽川翼に恩を返す為に。 

浪白公園に向かって、一人自転車を漕いだ。 

大丈夫。 

忍の居場所はわかってるから、失敗することはないだろう。 

まあ、僕のすることなんて、出来ることなんてのは、その場しのぎでしかなくて、結局は、あいつが一人で助からなきゃいけないのだけれど。 

そんなことをぼんやりと考えながら、自転車を漕いでいると、不意に目の前に虎が。 

一頭の虎が、表れた。 




317 : 蝋燭沢 [saga]:2013/06/15(土) 21:11:44.56 ID:eXtJzuNV0
「え、嘘だろ?なんで、お前がここに…………」 

おかしい。 

なんでこいつが、今出てくるんだよ。だってこいつは、夏休み明けに羽川が………… 

『ふん』 

そう言って。 

僕が混乱している間に、虎は、苛虎は僕の前から姿を消した。 

どうする? 

予想外だな。今苛虎が出てくるなんて、どうすればいい? 

………………とりあえずは、羽川のところに向かうか。 

僕の知ってるのとは、今までにないくらいに違ってきてるけど、まあ、これは夢なんだし、そういうこともあるだろう。 

そう思って僕は、再度自転車に乗って、急いで羽川のところに向かった。 




318 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:13:01.66 ID:eXtJzuNV0
「………あ、阿良々木くん」 

羽川は、パジャマにハンチング帽をかぶる、といつ出で立ちで僕を迎えた。 

「よっ」 

勿論僕の方は、自転車をきちんと駐輪場に止めてきた。 

出会い頭注意を受けるのって、なかなかへこむしな。 

「ごめんね、阿良々木くん」 

羽川の前にまで行き至ると、謝られた。 

労いの言葉こそ、やっぱりなかったが。 

「学校、サボらせちゃって」 

「いや、それはいいよ。それより、何があったんだ?」 

僕としては、予想はついているのだけれど。 




319 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:13:42.36 ID:eXtJzuNV0
「あの、阿良々木くん。ゴールデンウィークのこと、さ。私………思い出したんだけど」 

「そうか」 

慎重に言葉を選ぶ風にして、羽川は言う。 

「いや、そうじゃないのかな。忘れてることがあるのを、思い出したって感じだね…………何があったのかは、どんなに頑張っても、ぼんやりとしか思い出せないんだけど」 

「ああ、まあ、そうだろうな。究極的なところまでは、思い出すのは無理なはずだよ」 

そもそも、忘れていることを思い出すことさえ、無理だったはずなのに。 

それなのに。 




320 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:14:30.32 ID:eXtJzuNV0
「けど、羽川。僕をこうして呼び出したってことは、思い出したってだけじゃ、ないんだろう?」 

「そうよ」 

「怪異か」 

「そう………だから」 

と、僕を見る羽川。 

「阿良々木くんには、忍野さんのところまで、道案内、頼んでもいいかしら」 

「ああ、それはいいよ。けどその前に、二、三、質問させてもらっていいか?」 

「え…………いいけど、なんで?」 

「最終的に丸投げにするにせよ、話の骨子は整理しておかないとさ。自分達にできることは自分達でなんとかしようとする姿勢は、常に保っとかなきゃ」 

それに、今回は苛虎のこともある。 

僕の知っている事情とは、少しばかり違うかもしれないのだから。 




321 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:15:06.36 ID:eXtJzuNV0
「あ………そうだね」 

納得した風の羽川だった。 

「いいよ。じゃあ、何でも訊いて」 

その後、僕は前の時と同じようなことを、羽川に聞いてみた。 

しかし、羽川から聞けた話からは、なぜ苛虎が今ここで表れたのか、わからなかった。 

おそらくそれは、羽川が都合よく。都合の悪いことを忘れてしまっているからだろう。 

忘れて、押し付けて。 

ずるを、しているから。 

「よし。じゃあ、話も整理できたし、忍野のところにゆくとしよう。………まさか羽川、自転車の二人乗りは法律違反だなんて、そんなこと、言わないよな?」 

「言いたいところだけれど」 

羽川はベンチから立った。 

「見逃してあげる。阿良々木くんに学校サボらせたのと、これとで、チャラね」 

「いや、それでチャラになるのはおかしくないか?」 

両方お前の都合じゃん。 




322 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:15:34.19 ID:eXtJzuNV0
「大変だよね、阿良々木くんは」? 

羽川が、二人乗りをしてしばらくしたところで、僕に向かって、そんなことを言ってきた。 

「色んな人の、色んな面倒、見なくちゃいけなくて」 

「別に、見なくちゃいけない、とかじゃないさ。僕がただ、自己満足でやってるだけ」 

「それはそうかも知れないけど。でも、全部…………怪異がらみだったんだね。思い出した」 

羽川は言った。 

「始まりは、春休みに阿良々木くんが吸血鬼に襲われたところ、か………あそこから全部が始まったんだね」 

「怪異自体はずっと、当たり前のようにそこにあるもので………ある日突然、表れたわけじゃないんだけどな」 




323 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:16:12.40 ID:eXtJzuNV0
「阿良々木くん………知ってる?」 

「知ってるって、何を」 

「吸血鬼の特性の一つなんだけどね………魅了って言って、吸血鬼は人間を虜にしちゃうんだ」 

「…………………」 

「その目で見つめることによって、異性を虜にするのよ。吸血鬼と人間って種族が違うから、異性っていう言い方が、この場合適切かどうかはわからないけれど」 

「…………………」 

「………ごめんね」 

羽川が言う。 

「今、私、意地悪なこと言ったよね」 

「別に、気にしないよ。それぐらい」 

お前は何でも知ってるな、とは。 

やっぱり、言えなかった。 




324 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:16:56.99 ID:eXtJzuNV0
「おや。阿良々木くんじゃないか」 

学習塾跡に到着した僕逹に、忍野は正面から声をかけた。 

「それに、委員長ちゃん………だよね。僕は女性に髪型を変えられちゃうと誰だかわからなくなっちゃうんだけど、うん、その眼鏡は間違いなく委員長ちゃんだ。はつはー、委員長ちゃんは久し振り、阿良々木くんは一日振り」 

忍野は、多分ここで撤退の準備をしていたのだろう。 

この町から、去る準備を。 

「ふうん。そういうことかい。阿良々木くん」 

見透かしたように、忍野は言う。 

「本当にきみは、三歩歩けば面倒ごとを引き込んでくるな。ある意味才能だよ、それ」 




325 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:17:33.80 ID:eXtJzuNV0
「まあいいや。早く這入っておいでよ、阿良々木くんも、委員長ちゃんも。そこのフェンスの破れ目からさ。いつものように、四階で話をしよう」 

「ああ………わるいな」 

とりあえず、忍野の言う通りにする。 

四階の教室に着いた瞬間に、忍野は不意打ちで羽川の頭を帽子の上から軽くはたいた。 

軽くはたいた。 

だけなのに、羽川は崩れ落ちた。 

両膝をつき、かくんと、うつ伏せに倒れる。 

糸が切れたように。 

「事情は既に阿良々木くんの方で終えてくれたらしいからね。ちょっと手順を省略させてもらったよ」 

「そうか……」 

「おっと、ほら、もう、来たぜ、阿良々木くん。色ボケ猫のお出ましだ」 




326 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:18:05.85 ID:eXtJzuNV0
見れば。 

うつ伏せに倒れた羽川の、その、長い髪が変色していく。 

変色。 

いや、退色か。 

純粋な黒から、白に近い銀へ。 

すうぅーっと、生気が抜けていくように。 

「……………………」 

「にゃはははは」 

そして彼女は、 

猫のように目を細め、猫のようににたりと笑う。 

「また会えるとは驚いたにゃあ、人間。懲りもせずに俺のご主人のおっぱいに欲情してやがったみたいで、相変わらずお前は駄目駄目にゃ。食い殺されたいのかにゃん?」 

「……………………………」 

自分のキャラ設定とポジショニングを、一つの台詞の中でとてもわかりやすく説明しながら。 

ブラック羽川は、再臨した。 




327 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:18:58.07 ID:eXtJzuNV0
僕と忍野は、突如姿を見せたブラック羽川を、一瞬の手際で縛り上げて、一通り話を聞き出したところで、縛り上げたブラック羽川をその教室に放置して、他の教室に移動した。 

「………でも、今回は、お前の責任でもあるわけだろう?アフターケアが足りないと思うぞ」 

「まあ、そういう風にも言えるよね」 

やはり、忍野は反論しない。 

「忍野、訊きたいことがあるんだが」 

「奇遇だねえ。僕も阿良々木くんから、訊かれたいことがあったんだよ」 

「忍はどうした」 

「うん、それそれ」 

むかつくくらいに、爽やかな笑顔と共に、忍野は答えた。 

「忍ちゃん、自分探しの旅に出ちゃった」 




328 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:19:39.51 ID:eXtJzuNV0
「………そうか」? 

「ん?なんだい、阿良々木くん。やけに冷静じゃないか。僕はきみのことだから、もっと慌てふためくと思ってたんだけどな」 

「別に、ただ何となくだけど、そういう予感がしただけ」 

「………そうかい」 

忍野は言った。 

「じゃあ、僕は忍を探してくるよ。あいつがいなきゃ、今回のこと、片がつかないしな」 

「結局はその場しのぎの姑息療法なんだけれどね。まあでもそこは、委員長ちゃんの成長次第かな」 

成長。 

怪異に魅せられない、十分な強さ。 

しかし、忍野は前回、羽川のストレスの原因は両親のことだって言ってたよな。 

まあ、さすがにあいつも、人の色恋沙汰まで見透かせるわけでもないか。 




329 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:20:20.24 ID:eXtJzuNV0
「そうだ、忍野」 

「なんだい、阿良々木くん」 

「せっかく縛り上げたんだけどさ、ブラック羽川。連れてってもいいか?同じ怪異同士の方が、もしかしたら探しやすいかもしれないし」 

実際は、忍を探す必要なんてないのだけれど。 

苛虎のことを、ブラック羽川ならばなにか知っているかもしれない。 

同じ一人の少女から、生まれた怪異なのだから。 

「まあ、彼女達は同じだからね。その方法は、割りとまともなんだけどさ……」 

忍野は、軽い口調で続ける。 

「もしかしたら、阿良々木くん。きみ、怪異に慣れたつもりでいるんじゃないかい?」 




330 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:21:07.09 ID:eXtJzuNV0
「…………そんなことは、ないよ」 

「そうかい、それならいいんだけどね。けど、阿良々木くん。一応言っておくけれど、怪異は怪異、人間は人間、だよ」 

「………………………」 

「一緒にはならないし、なれない。何があっても相容れない。その事だけは、忘れないでいくれよ」 

忍野は言った。 

「…………わかった」 

「それじゃあ、そろそろ行きなよ。僕は僕の方で、色々とやることがあるから手は貸せないけど、頑張りなよ」

「ああ、それじゃあな、忍野」 

「うん。またね、阿良々木くん」 

なんて、やはり忍野は別れの言葉を口にしなかった。 

本当は、また会う気なんてないくせに。 

まあでもしかし、僕はこいつに、会いにいかなきゃいけないんだよな……… 




331 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:21:52.17 ID:eXtJzuNV0
忍野と別れた後、ブラック羽川を連れて、とりあえずは学習塾跡を出た。 

しかし、目立つブラック羽川を連れて昼間から街中を歩けるはずもなく、人通りの少ないところで、苛虎のことを聞くことにした。 

「にゃんだ。気付いていたのかにゃ」 

「気付いてた、つーか、直接会ったんだよ。けど、その様子じゃ、やっぱりなにか知ってるみたいだな」 

「まあにゃ。というか、今回俺が出てきた目的は、ご主人のストレスの発散ということと、あの虎を引っ込めることにゃ」 

「え、そうなのか?」 

「ああ。あいつの存在は、ご主人の望むところではないからにゃ」 

「………そうか」 




332 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:22:40.36 ID:eXtJzuNV0
「ストレスっていうのは、やっぱり、僕が原因なんだよな?」 

「なんだ。自覚があったのかにゃ」 

「まあ、な」 

「そこまでわかってるんだったら、ご主人と付き合ってやればいいにゃん。そうすれば、俺もあの虎も消えるし。どうせ、お前は相手にゃんて誰でもいいんだろ?」 

「そんなことはないよ。それに、それは羽川が自分で言うべきことだ」 

声に、出すべきだった。 

自分の気持ちを、ちゃんと伝えるべきだった。 

「お前に頼ったのは、羽川の弱さなんだ。苦しい役目を、お前に押し付けたに過ぎない」 

「言うじゃにゃいか」 

ブラック羽川は、僕を揶揄するように、嘲る。 




333 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:23:25.95 ID:eXtJzuNV0
「まあでも、それは確かに俺がとやかく言うべきことじゃないにゃ」 

ブラック羽川は、言いかけた言葉を飲み込んだ。 

正直、僕はここでブラック羽川と、またぞろ一戦交えることになるかもしれないと覚悟していたので、その反応は意外だった。 

「俺はどうせ、あの吸血鬼にエナジードレインをされれば直ぐに消えるにゃ」 

「ああ。だから問題は、あの虎はいったいなんなのかってことだ 」 

本来ならば、苛虎がここで出てくるわけがない。 

だってあれは、羽川の家族への嫉妬が原因となっているはずだから。 

「なあ、猫。あの虎のこと、教えてくれないか」 

怪異には、それに相応しい理由がある。 

この時点で出現した苛虎には、いったいどんな理由があるというのだろか。 




334 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:24:22.71 ID:eXtJzuNV0
「俺も、全部を全部知っているわけじゃにゃいが………」 

そう前置いて、ブラック羽川は語り始めた。 

「まずご主人は、ガキのころから。俺という存在が生まれるずっと前から、自分に都合の悪い記憶を忘れることができたにゃ」 

嫌な想いを消す。 

そうしないと、弱く幼い彼女は、生きていけかったから。 

普通の女の子に、なれないと思ったから。 

「あの虎は、そういう、ご主人が忘れた負の感情から生まれた怪異にゃ」 

「………忍野は、そのことに気付いてたのかな」 

「さあにゃ。だが、気付いていたとしても、問題無いとは思っていただろうにゃ」 

「どうしてだ?」 

「本来のペースにゃらば、負の感情が溜まりきらないうちに、ご主人は俺や忘却に頼らない強さを身に付けていたはずだからにゃ」 

ブラック羽川は、続けて言った。 

「しかし、ここ最近イレギュラーなことが起こってにゃ、そのペースが崩れたにゃ」 




335 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:25:03.45 ID:eXtJzuNV0
イレギュラーなこと。 

前回は、家族への嫉妬。 

だったら、今回は、いったいなんだというのだろうか。 

「そのイレギュラーなことってのは、いったいなんなんだよ?」 

「はっ!そんなこと、お前のことに決まっているにゃ」 

「それって、どういう意味だよ。僕が羽川に、なにか酷いことをして、それを羽川が忘れようとしたせいで、あの虎が出てきたって言うのかよ」 

そんなこと、した覚えはないのだけれど。 

むしろ、夢の中ではうまくやっていたはずなのに。 

「酷いこと、というのとは少し違うにゃ。ご主人にとってそれは、ショックなことだったんだにゃ」? 

ショックなこと。 

忘れなければならないほどに。 

忘れて怪異が生じてしまうほどに。 

大きな、心の傷。 

「教えてくれ猫。その、イレギュラーなことってのを、詳しく」 

僕に関することで羽川がショックをうけたというのならば、僕はそれを、知らなければならないのだから。 






336 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:28:38.91 ID:eXtJzuNV0
「まあ、お前にはそれを聞く資格があるんだろうにゃ」 

ブラック羽川は言った。 

「きっかけは、二ヶ月だか三ヶ月前にお前が言った言葉にゃ」 

「…………それって」 

「お前はご主人に、好きな奴がいるなら自分の思いを伝えろ、と言ったにゃ」 

確かに、僕はこの夢を見始めたときに、そんなことを言った。 

羽川に、後悔をして欲しくなかったから。 

「お前がそれをどんな気持ちで、どんな想いで言ったかは知りゃないが、知ろうとも思わにゃいが、ご主人はその言葉を真に受けたんにゃ」 

けど、結局羽川からは、なんのアクションもなかったはずだ。 




337 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:29:24.85 ID:eXtJzuNV0
「いや、それは違うにゃ」 

ブラック羽川は、僕の言葉に首を振った。 

「違うって、どういうことだよ。それって、羽川思いを伝えたけれど、僕がそれに気付かなかったってことなのか?」 

「いや、それも違う。正確には、ご主人はお前に思いを伝えようとしたが、それは失敗したのにゃ」 

「失敗?それって……」  

「母の日」 

ブラック羽川は唐突に言った。 

「母の日。ご主人はお前に思いを伝えようとしたのにゃ。ご主人の類稀ない頭脳をフルで活用し、お前が昼間っから一人であの公園にいると予想し、実際にその公園に行った」 

しかし、その羽川予想は見事に外れた。 

いや、現実の通りならばむしろ羽川の予想は当たっていて、そのはさすがと言わざるおえないが、それでも。 

それでも、僕はその公園にいなかった。 

なぜなら、戦場ヶ原ひたぎと一緒に、迷い牛の対処法を忍野に聞きに行っていたから。 




338 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:30:14.13 ID:eXtJzuNV0
「ご主人が何を思ってその日に行動を起こそうとしたのか、俺にはわからにゃいが、とにかく、ご主人の思惑は外れた」 

おそらく羽川は気付いていたのだろう。 

その日が、運命の日だと。 

その日が、最後のチャンスだと。 

ああ、だから八九寺が見た羽川は落ち込んでいたのか。 

あれ、でも羽川はたしか………… 

「ご主人は、そのことに酷く落ち込んだにゃ。落ち込んで、嫌になって、そして後になって、お前と他の女と付き合ったことを知って」 

全てを忘れたにゃ、と。 

ブラック羽川は、僕の疑問に答えるように言った。 

そういうことか。 

だから、電話をしたときに羽川はそのことを知らないと言ったのか。 

記憶を、忘却したから。 

嫌なものを、押し付けたから。 

ずるを、したから。 




339 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:30:55.63 ID:eXtJzuNV0
「自分がお前に告白しようとしたことも、それが失敗に終わったことも、お前に言われたことも、全部ご主人は忘れたにゃ」 

そして、僕が忠告する前に元通り。 

結局、何も変わらずに。 

ただ、強く正しいだけの彼女に。 

「けど、きっかけってことは、他にもなにかあるんだろ?」 

「ああ。今のはあくまできっかけにゃ。あの虎が生まれる引き金になったのは、つい最近のことにゃ」 

「つい、最近?」 

「それは、ほんの少し前のこと。あの本屋でのことだにゃ」 

「詳しい経緯は知りゃないが、ご主人はお前に迫った。もちろんそれは、本気でのことではなく、お前を試すためにやったことのようだがにゃ」 




340 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:31:34.89 ID:eXtJzuNV0
「ご主人は、お前は誰にでも優しいから、瀕死の吸血鬼を自分の身を犠牲にしてまで助けようとするぐらいに甘い奴だから、お前は自分のことを拒否しないと思っていたにゃ」 

しかし、羽川のその予想はまたも外れることとなった。 

僕は、しっかりと羽川の行いを拒否した。 

あいつに、僕の成長を知って欲しかったから。 

けど、僕の行動もまた、またも裏目に出ることになり…………… 

「そして、ご主人は思い至るにゃ。誰にでも優しいお前が、しかし、いつの間にか自分などでは揺るがないほどに他の女を好きになっていると」 

ブラック羽川はたんたんと続けた。 

「そこでご主人は、かつてないほどの嫉妬をその女に抱いた。そして、抱いた瞬間にその感情を忘れたにゃ」 




341 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:32:14.90 ID:eXtJzuNV0
「そんで、その嫉妬を元にあの虎が生まれたってことか」 

「まあ、それだけってわけでもにゃい。ガキのころからの積み重ねってのもあるが、でも、大元はそれにゃ」 

「そうか………」 

結局。 

僕が色々気を回しても、結果は同じこと。 

全て羽川の心の弱さが原因とはさすがに言えないけれど。 

けどやっぱり、問題を解決するには羽川が成長するしかないことも事実なのだ。 

「それで、お前はどうするつもりなんだ」 

「にゃ?」 

「お前の目的は、あの虎を消すことなんだろ、だったら、それの方法とか考えてないのか」 




342 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:33:07.75 ID:eXtJzuNV0
「俺は、あの吸血鬼に俺とおにゃじように、エナジードレインしてもらうのが一番だと思うにゃ」 

「けどそれじゃ、どのみち根本的な解決にはならないぞ」 

その方法だと、苛虎は半年もしない内にまた表れてしまう。 

「それでもいいと思うにゃ。今回は間に合わにゃかったが、ご主人は近いうち俺らに頼らにゃい強さを手に入れるはずにゃ。だからそれまでに、俺が出来るのは、精々時間稼ぎくらいなもんだからにゃ」 

「………………お前、なんだかんだ言って羽川に甘いよな」 

「当たり前にゃ」 

当然だと言わんばかりに、ブラック羽川は頷いた。 




343 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:33:59.26 ID:eXtJzuNV0
「それじゃあ、虎はエナジードレインで消すって方向でいいな」 

「ああ。けど、人間。吸血鬼がどこにいるのか、お前は知ってるのか?家出したんだろ、そいつ」 

「そこん所は、大丈夫だ。ちゃんと目星はついてるよ」 

目星はついてるっていか、ほとんど正解を知っちゃってるようなものなんだけれど。 

果たして忍は、僕のこの言葉を、影の中で、どんな気持ちで聞いているのだろうか。 

「そろそろ時間もいい頃合いだな。こっからは共闘といこうぜ」 

「ふっ。これがほんとの鬼と猫の…………にゃ?うーん、にゃんだろう」 

「何も思いついていないなら勢いで喋ろうとするんじゃねえ!うまいこと言えない奴がうまいこと言おうとしている図ほど痛ましいものこの世にはないんだよ!」 

まったく、せっかくここまで終始シリアスなムードで来たのに台無しじゃねえかよ。 




344 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:34:33.60 ID:eXtJzuNV0
「分かったわ」 

「…………いや、まだ僕何も言って無いんだけど」 

あの後、僕は今回苛虎がどこを狙うのかを考えた。 

候補は四つ。 

阿良々木暦。 

戦場ヶ原ひたぎ。 

その二人の家。 

今回の羽川は、別に家族や居場所に嫉妬しているわけではないので、最後の選択肢は考えなくていい。 

また、朝僕が苛虎と出会った時にあっちに何のアクションもなかったので、僕という選択肢も除外。 

そうすると、標的は必然的に戦場ヶ原ひたぎになるので、僕は戦場ヶ原ひたぎに電話をかけた。 

ちなみに、ブラック羽川には先に学校に向かわせた。 




345 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:35:14.40 ID:eXtJzuNV0
「戦場ヶ原、僕の話を聞いてくれ」 

「土下座されちゃしょうがないわな」 

「してねえよ!」 

「で、なに?」 

「お前、まだ学校にいるのか?」 

「ええ、今日は、かなり遅くまで帰れないでしょうね」 

「そうか。詳しくは話せないんだけど、僕がもう一度連絡するまで、学校から出ないでくれないか」 

「それは、阿良々木くんが朝言っていた、人道支援となにか関係があるのかしら?」 

「ああ」 

「羽川さんが学校を休んでるけど、それとも関係が?」 

「いい勘してるな。その通りだよ」 




346 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:35:49.41 ID:eXtJzuNV0
「分かったわ、阿良々木くん。その人道支援とやらに、精を出しなさい。阿良々木くんのやり方を貫けばいいわ。こっちは、私に任せなさい」 

「そうだな………じゃあ」 

僕は言った。 

戦場ヶ原を信じて。 

「学校は任せた。いい文化祭にしようぜ」 

「そうね。そうしたいわ」 

いつも通りの平坦な口調。 

全く、感情を滲ませないけれど。 

それでもそれはやっぱり、戦場ヶ原の声だった。 

「じゃあ、また連絡する」 

「ああ、阿良々木くん。一つだけ、いいかしら」 

「なんだよ」 

「ツンデレサービス」 

最後に、戦場ヶ原は言った。 

平坦な口調で。 




347 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:36:21.26 ID:eXtJzuNV0
「勘違いしないでよね、別に阿良々木くんのことが心配なわけじゃないんだから。でも、帰ってこなかったら、許さないんだからね」 

ぶちっと、電話は向こうから切られた。 

本当に、勝手な奴だよ。 

でも、やっぱり僕は、そんなあいつのことが大好きなんだ。 

どうしようもないくらい。 

帰るに決まっているだろう。 

そうして、待たれているのなら。 

「………安心して、任せられるよ」 

とにかく。 

そろそろ僕も、急いだほうが良さそうだ。 

ここまで来て、間に合わなかったなんて笑えない。 




348 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:37:22.34 ID:eXtJzuNV0
「よお、虎。迎えに来たぜ。一緒に消えよう」 

予想通り、苛虎は戦場ヶ原ひたぎを狙って表れた。 

僕とブラック羽川は、校門の前で苛虎と向かい合うようにして、並んで立ったていた。 

『どけ』 

苛虎は言った。 

『吾輩はそこにいる女を燃やす。お前達は邪魔だ』 

「………は」 

『燃やす。燃やすぞ。どけ』 

「………そんにゃことを、ご主人は望んでいにゃいにゃ」 

『ふん』 

苛虎は、ブラック羽川の言葉を一笑に切り捨てる。 




349 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:39:02.79 ID:eXtJzuNV0
『その女が望んでいようと望んでいまいと吾輩の知ったことではない。その女をご主人と呼ぶのはお前の勝手だが、吾輩にとってはその女はなんでもない。ただの』 

発火現象の水源でしかない。 

苛虎はそう言った。 

「発火現象の水源って…………言葉がおかしいだろ」 

思わず、突っ込んでしまった。 

しかし、苛虎からの反応はない。 

当然だけど、面白いことを言おうとしたわけでは、ないらしい。 

「とにこかく、どくのは、お前の方にゃ」 

ブラック羽川の言葉に、苛虎は怪訝そうな顔をする。 

『なぜだ。この、そのにいる女を燃やしたいという気持ちは、他ならぬお前のご主人から流れてきた気持ちだぞ』 




350 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:39:46.00 ID:eXtJzuNV0
そうなんだろうな。 

この虎にとっては、それだけが真実だ。 

いや、それは誰にとっても、真実だ。 

羽川が戦場ヶ原に嫉妬した。 

それは真実だ。 

だけど……… 

「だけど、その嫉妬を我慢しようとした気持ちだって、真実にゃんだ、虎。お前はそっちを無視している」 

ブラック羽川は、僕の思っていることを口にした。 

『くどい。我慢した結果、その女は吾輩という怪異を生み出したのだろう。ならば自業自得だ。吾輩の炎はそんな事情を忖度しない』 

燃やすだけだ。燃えるだけだ。 

全てを洗い流すように、水に流すように。 

全焼させるだけだ。なかったことに。 

なかったことにするだけだ、と。 

苛虎は僕達に一歩近付いてきた。 




351 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:40:51.91 ID:eXtJzuNV0
「猫。バトンタッチだ。ここから、僕に任せてくれ」 

「ああ、そうさせてもらうにゃ」 

『ふん』 

僕の言葉を、苛虎は嘲笑う。 

『お前のような人間に、何が出来るというのだ』 

瞬間、虎の前脚が僕に触れる。 

「ぐああああああああああああっ!」 

熱い。熱い。熱い。 

熱い。熱い。熱い。 

太陽に触れている気分だった。 

燃え盛る、嫉妬の炎。 

『人間如きが、吾輩に対抗しようなど、無理なのだ。無茶なのだ。無駄なのだ』 

苛虎は、僕から脚を放して、邪魔な石を避けるように、方向を少し変えた。 




352 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:41:35.97 ID:eXtJzuNV0
「待てよ」 

『くどいぞ』 

「無理なのかもしれない。無茶なのかもしれない。でも、無駄なんかじゃない。友達の為に頑張ることが、無駄なわけねえだろうが!」 

ふらつく足取りで、苛虎の前に回りこんで、僕は言う。 

「忍!」 

最高のパートナーの名前を呼ぶ。 

「世界を滅ぼすとか、自殺するとか、もしかしたら僕に愛想を尽かしちまったのかもしれないけど。でも、もう少し、僕に時間をくれないか!」 

「お前が今日を生きてくれる限り、僕もまた、今日を生きていくから。必ず、長生きしてみて良かったって、思えるようにするから!」 

声を上げて、僕は叫ぶ。 

影の中まで、しっかりと声が聞こえるように。 

思いが伝わるように。 

「だから、助けてくれ。忍!」 




353 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:42:21.00 ID:eXtJzuNV0
瞬間、だった。 

僕の影から、一人の少女が飛び出した。 

そして、そのまま着地することなく、苛虎の体に牙をたてる。 

熱さなどものともせず、首元にがぶりつく。 

『ぐ………ぐああ』 

僕の前で、虎が唸る。 

苛虎が唸る。 

『ああああああああ…………痛い。痛い。痛い。熱い。熱い。熱い。痛い』 

ほどなくして、苛虎は姿を消した。 

嫉妬の炎は、取り敢えずは燃え尽きた。 

「にゃはは。それじゃあ次は、俺の番だにゃ」 

ブラック羽川は言った。 

「じゃあにゃ、人間。もう二度と会わにゃいことを、願ってるぜ」 

「ああ、僕もだ。けど、もしもまた羽川に何かあったら、羽川を助けてやってくれ」 

「そんにゃこと、お前に言われるまでもないにゃ」 

「そうだな」 

そんなこと、わざわざ僕が言わなくとも、分かり切っていることだ。 

ブラック羽川は、何があろうと、絶対に羽川の敵にはならない。 

最後まで、味方でいるだのだろうから。 




354 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:43:07.22 ID:eXtJzuNV0
後日談というか、今回のオチ。 

翌日の夜。大学受験の前日に、羽川から電話がかかってきた。 

どうやら、僕を叱咤激励するためらしい。 

羽川の、期待という名のプレッシャーをこれでもかというくらい受け取った僕は、雑談に最近見た昔の夢のことを話してみた。 

「夢っていうのはね、阿良々木くん。自分が成長してるってことを実感させてくれる効果があるらしいよ」 

「成長?」 

「うん。阿良々木くん、夢の中では今まで失敗したことも、全部上手くやれちゃったんじゃないかな」 

「まあそりゃ、一回体験してることだからな。一度クリアしたゲームを、レベルはそのままで最初からやってるようなもんだ」 

「それが、成長を実感するってことなんだよ」 

「………お前はなんでも知ってるな」 

「なんでもは知らないわよ。知ってることだけ」 

それは、いつも通りのやり取りだった。 




356 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:43:46.12 ID:eXtJzuNV0
「でも、阿良々木くん。いくら上手くいっても、夢の中の方が良いなんて、思っちゃ駄目だよ」 

「あ?」 

「阿良々木くんが、生きてるのも、これから生きていくのも、両方現実なんだから。現実逃避なんて、阿良々木くんはしないだろうけど、一応、ね」 

「ああ、分かってるよ」 

「よろしい。それじゃ、あんまり阿良々木を夜ふかしさせるわけにもいかないから、この辺で。阿良々木くん、頑張ってね。早く寝なさいよ」 

そう言って、電話切れた。 

まったく、お前は僕の母親かよ。 

まあいいや。羽川の言う通り、早めに寝るとしよう。 

僕が成長したというなら、大学受験に合格して初めて、それを実感できるはずだから。 

戦場ヶ原にも、羽川にも、僕を成長させてくれた人に、その成果を見せなければならないよな。 

そう思いながら、僕は眠りについた。 

もちろん、昔の夢は、見なかった。 




357 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/15(土) 21:49:21.71 ID:pkFLT+q8P
おもしろかった 


358 : 蝋燭沢 [saga ]:2013/06/15(土) 21:51:18.99 ID:xGpB4ik50
これにて、終了です。 
見てくれた人、乙をくれた人、有難うございました。 

当初はひたぎクラブで止めるつもりでしたが、つい長々と続けてしまいました。 

かねてから聞かれている、化物語以外のものは書かないのかといものに関しては、考えていますが、多分無いでしょう。 

なぜなら、偽物語以降の阿良々木くんは、けっこう上手いことやっていて、これといってやり直すことが無いからです。 

なので、もしこの続きを書いて欲しいという人がいれば、意見を下さい。 

最後に、いままで見てくれて本当に有難うございました。 


359 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/15(土) 21:52:31.20 ID:GkUL+GWG0
さすがです!シュミラクラさん! 


360 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/15(土) 22:17:59.02 ID:m7Wr1jdAO
乙です!マタタビさん! 


361 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/15(土) 22:22:07.86 ID:DxYBmiC6o
乙です 
すごいおもしろかった! 


362 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/06/15(土) 22:26:40.47 ID:LKyCMS9AO
乙です 
面白かった 


転載元

阿良々木暦「心が強くてニューゲーム」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1369318237/