1 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:10:37.88 ID:N1ofEn9y0
「ねぇ、ちょっと。起きなさい!阿良々木くん!」 

「は、羽川!?」 

あれ、ここはどこだ? 
僕はたしか、火憐と月火、それに神原を布団に寝かせて、その後に自分の家に帰ってから、それから…………… 

「どうしたの?そんな驚いた顔しちゃて。ちゃんと今日の朝、文化祭の出し物の案を一緒に考えるって言ったはずだけど……………さては阿良々木くん、私の話ちゃんと聞いてなかったわね?」 

「えっ?…………いや、聞いてた聞いてた。チョー聞いてたよ」 

文化祭?ああそっか、これ夢だ。多分あの後、家に帰って寝ちゃったんだな。それで昔の夢を見てるんだ。 


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2 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:11:46.55 ID:N1ofEn9y0
「文化祭っていっても、私達、もう三年生だからね。さして……………」 

羽川の話を聞き流しながら、僕はこれからの事を考えていた。 

まあ、夢の中に、あれからもこれからもあったもんじゃないのだけれど。 

さて、どうするかな。正直、現在昼夜を問わず、それこそ一日中受験勉強に勤しんでいる身としては、夢の中くらいこのゆったりとした時間に身を任せるのが一番良いと思うんだけれど。 

でも、折角なんだから…………… 




3 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:12:43.94 ID:N1ofEn9y0
「参考までに、阿良々木くんは、去年一昨年、文化祭の出し物、何だった?」 

「お化け屋敷と、喫茶店。いたって平凡といってもいいかもな」 

「平凡だね。凡俗といってもいいかも」 

「そこまでは言うな」 

「あはは」? 

「それじゃあ羽川。僕も参考までに聞いておきたいことがあるんだけどさ」 

「ん?なにかな?」 




4 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:14:35.83 ID:N1ofEn9y0
「羽川って好きな奴とかいるのか?」 

結局、一時は羽川の事が好きなんじゃないかとも思っていたけれど、こんな単純なことさえ、僕は聞いた事がなかったんだよな。 

まあ、答を知ってしまっている身としては、正直罪悪感が半端ないけど、それでも折角の夢なのだから、言えなかった事を言いたくもなる。 

「阿良々木くん。おふざけでもそういう事、女の子に気安く聞いちゃ駄目だよ」 

怒られた。 

普通に注意された。 

なんだか、羽川にこうやって叱られるのも久しぶりだな。 

やべ、なんかちょっとテンション上がってきた。 




5 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:15:33.66 ID:N1ofEn9y0
「いや、気安く聞いたのは悪かったけどさ、けど真面目な話、実際のところどうなんだ?」 

「えっ?えっと……………うーん」 

うわ、照れてる羽川って超かわいい。 

…………いやいやまてまて、落ち着くんだ阿良々木暦。 

僕がしたいのは照れてる羽川を眺める事じゃないだろう。 

「あっいや、言いたくないんだったら別に良いんだけどさ。けど、もし好きな人がいるんだったら、遠回しにじゃなくて、きちんと自分の気持ちを伝えないと駄目なんだぜ」 




6 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:16:40.17 ID:N1ofEn9y0
「え?あ、うん。その忠告は有り難く受け取っておくけれど。それにしても、急にどうしたの?阿良々木くんが自分からそんなこと言うなんて、なにかあったの?」 

「いや、別に大した理由じゃないんだ。ただ、今朝の占いで、親友にアドバイスをすると吉っていってたらさ」 

「私を親友だと言ってくれるのは素直に嬉しいけどさ。けど、それを実行するのは少しばかり遅い気がするんだけど」 

「だな。悪かったよ、下らない事言って」 

これは夢なのだから、こんな事には何の意味もないし、ましてや、羽川に自分から告白させようとしてるわけでもないのだけれど。それでもやっぱり、これは、これだけは言っておきたかった。 




7 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:18:04.79 ID:N1ofEn9y0
それからはまあ、前の通りというか、現実の通りというか、とにかく羽川と文化祭の案を練りつつ、戦場ヶ原の事を羽川に聞いた。 

「…………あー。そうだ、思い出した」 

「え?」 

「僕、忍野に呼ばれてるんだった」 

「忍野さんに?なんで?」 

「ちょっと、借金の返済をね」 

「ふうん」 

羽川は以前よりは納得したような反応を見せる。 

それでも、やはり不審に思うところがあるようだ。 

これだから本当、頭のいい奴の相手は苦手なんだ。 

けど、今考えてみると、この察しの悪さもこのころの羽川翼なのだろう。 




8 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:18:50.78 ID:N1ofEn9y0
「というわけで、僕、もう帰らなくちゃいけないんだった。羽川、後、任せていいか?」 

「埋め合わせをすると約束できるなら、今日はいいわ。阿良々木くん。大変かもしれないけど、代金はきちんと払わなきゃね」 

「ああ、分かってるよ。じゃあ、後は任せる」 

「忍野さんによろしくね」 

「伝えとくよ」 

さて、どうしたもんか。 

この後はいよいよ、あいつの登場なのだから。 

いろんな意味で気を引き締めていかないと。 




9 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:19:38.37 ID:N1ofEn9y0
「羽川さんと何を話していたの?」 

教室から出ると、案の定、後ろから戦場ヶ原が声をかけてきた。 

だが、今回は振り向かない。 

振り向いたら、どんなことになるのかを僕は身をもって体験している。 

「別に、ただの世間話さ」 

「そう」 

まるで、僕の答など初めから聞くきがないと言わんばかりに素っ気ない返事が返ってくる。 

かと思うと、なかなか振り向かない僕に業を煮やしたのか、戦場ヶ原は僕に近づいてきて、そして、 

「嘘をつく人には、お仕置きが必要ね」 




10 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:20:32.01 ID:N1ofEn9y0
「………………………っ!」 

戦場ヶ原は、後ろから僕の耳、それも耳たぶではなく骨がある部分をホッチキスで挟み込んだ。 

「好奇心というのは全くゴキブリみたいね。人の触れられたくない秘密ばかりに、こぞって寄ってくる。鬱陶しくてたまらないわ。神経にふれるのよ、つまらない虫けらごときが」 

「虫けらって……………」 

ああ、そういえば更正する前のこいつってこんなんだったな。まったく、これのどこに需要があったというのだろう。 

「何よ。右側が寂しいの?だったらそう言ってくれればいいのに」 

「いや、そんなことは一言も…………」 

「だまらっしゃい」 

ホッチキスを持っている左手と反対の手が振り上げられる。 

なんだ、こんどは何をされるんだ? 

なんて、半ば自棄っぱちになっていると、どうやら今度は、右の耳たぶをハサミで挟まれたよだ。 




11 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:21:48.31 ID:N1ofEn9y0
怖い。 

一度同じ目に遭っているからこそ、こいつに躊躇が無いことは分かってるしな。 

けど、一度こいつに傷つけられないと僕の不死がアピールできないし。 

さて、どうしたもんかな。 

「全く私も迂闊だったわ。『階段を昇る』という行為には人一倍気を遣っているというのに、この有様」 

「なんだよ。もしかして、バナナの皮でも落ちてたか?」 

「は?何を言っているのかしら。そんなバカみたいな理由で私が転ぶと思っているの?もしかして、私の事をバカにしているの」 

戦場ヶ原の手に力が加わっているのが分かる。 

ちくしょー。何あいつこんなシリアスな場面で嘘ついてるんだよ! 

こんなところで貴重なガハラジョーク使ってんじゃねぇよ! 




12 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:22:40.66 ID:N1ofEn9y0
「気付いているんでしょう?」 

戦場ヶ原は僕に問う。 

あの時と、全く同じ目つきで。 

「重さが、無い」 

「そう、理解が早くて助かるわ」 

「けど、全くないっていうわけでもないんだろう?」 

戦場ヶ原の台詞を先取りしてみる僕。 

どうすればこの場を丸く収められるかわからないけれど、とにかく、先手を取っていくしかない。 

「ええ、そうよ」 

「お前くらいの身長・体格だったら、平均体重は五十キロくらいなんだろうけど」 

「適当な事を言わないでちょうだい。私くらいの平均体重は、四十キロ後半強よ」 

やっぱり、そこは譲らないんだな。 




13 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:23:29.25 ID:N1ofEn9y0
「でも、実際の体重は、五キロ」 

「重さ。想さ。重い、想い」 

「あら、何か言ったかしら?」 

僕がダメージを受けない為にはこの辺りか。 

ここで、戦場ヶ原に少しでも興味を持たせれば、あるいわ。 

「怪異」 

「は?」 

「怪異って言うんだよ、そういうの」 

「………………………」 




15 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:24:10.16 ID:N1ofEn9y0
戦場ヶ原からの反応はない。多分、僕の言葉の真意を掴みかねているんだろう。 

それでいい、それは、僕の言葉をきちんと聞いてくれている証拠だ。 

「お前がいつそんな体に成ったかわからないけど、それでも、そうなったからには何かしらのきっかけがあるはずなんだ」 

「……………………………」 

「その体に成る直前に、何かに遭わなかったか?なんでも良いんだ。そう、例えば、蟹とか」 

「……………………………」 

戦場ヶ原はなおも言葉を返さない。それに、顔にも別段驚いたような表情は浮かべていない。 

まったく、このころのお前って、本当鉄火面みたいだよな。 




16 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:25:23.84 ID:N1ofEn9y0
「蟹。蟹に遭ったのよ」 

おもむろに戦場ヶ原はそう口を開いた。 

もちろん、僕はこれからこいつが話す事を知っているのだから、それこそ、忍野みたいに見透かしたような、もう知っているのだから見透かすという言い方は違うんだけれど、とにかくそういう事は出来たが、それは止めておいた。 

こいつは、忍野みたいに見透かしたような奴が嫌いなのだ。 

「そして、重さを、根こそぎ持っていかれたわ」 

「だったら」 

だったら、お前の力になれるかもしれないと、僕はそう言った。 




17 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:26:21.91 ID:N1ofEn9y0
当然、僕の話を戦場ヶ原は信じようとしなかった。 

優しささえも敵対行為と見なす。 

このころの彼女は、そんな奴だったのだから。 

だから、どうにか言葉を繋ぎ、ホッチキスとハサミから僕の両耳を解放して、今朝、と言っていいのかわからないけれど、とにかく忍がそうしたように、自分の皮膚を引っ掻いて自らの不死性をアピールし、どうにか忍野のところについてきてくれるとなるまでに、いくばかの時間がかかったのは言うまでもない。 

「それじゃあ、私は先に校門に向かうから、少ししたらついてきてちょうだい」 

と、戦場ヶ原は最後にそう言った。 




18 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/23(木) 23:26:32.36 ID:zYIxLgbVo
いきなり心が強い阿良々木さんとかなんか新鮮だな 


19 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:27:19.81 ID:N1ofEn9y0
「えっ?なんでだよ、一緒に行けばいいじゃないか」 

「嫌よ。あなたのような人と校舎内を一緒に歩いているところを誰かに見られたりしたら、それこそ切腹ものよ」 

「いや、そこまでは言わなくても」 

「もちろん、この場合切腹するのは、あなた一人なのだけれど」 

「………さいで」 




20 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:28:20.52 ID:N1ofEn9y0
「忍野、忍野さん?」 

「そう。忍野メメ」 

「忍野メメ、ね。なんだか、さぞかしよく萌えそうな名前じゃない」 

「その手の期待はするだけ無駄だぞ。三十過ぎの年季の入った中年だからな」 

なんて、そんな風に忍野の説明をしながら、自転車の二人乗りで忍野の居る廃墟へと向かった。 

「ふうん、阿良々木くん。二人乗りするの上手いのね、誉めてつかわすわ」 

「そりゃどうも」 

まあ、あの頃に比べて二人乗りのコツみたいなものは掴めたし、なんだかんだ言ってもこのママチャリに乗るのは半年ぶりだから上手く行くかは心配だったのだが、やはり人間、自転車の乗り方というものはなかなかどうして忘れにくいらしい。 




21 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:29:15.28 ID:N1ofEn9y0
「けど、これくらいでいい気にならない事ね。あなたのその二人乗り技術はまだまだ発展途上よ。なおも精進が必要だわ」 

「お前は一体、誰目線なんだよ」 

なんで、そんなことお前に言われなくちゃならないんだよ。 

そもそも、二人乗りの技術を向上させようなんて、羽川にばれたら叱られちまう。 

あいつは、道路交通法には厳しいのである。 

「ほら、ここだよ」 

そんな事を話しているうちに、学習塾跡地にたどり着いた。 

夢とはいえ、忍野との対面は半年以上ぶりだった。 

まったく、皮肉なものである。 

つい先程、探せと言われた男に、まさか夢の中で会うことになるなんて。 




22 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:29:54.64 ID:N1ofEn9y0
「おお、阿良々木くん。やっと来たのか」 

なんて、相変わらずの台詞で忍野は僕達を迎えた。 

一応、戦場ヶ原からは文房具を預かった。 

今の戦場ヶ木が僕の事を信用していないのと違って、僕は戦場ヶ原の事を信用しているけれど、それでも、けじめはけじめ。 

大事にしなければ。 

とは言っても、正直なところ、このころの戦場ヶ原を信用しているからこその処置という側面が非常に強いのだけれど。 

その、戦場ヶ原は、やっぱり明らかに引いていた。 

「なんだい。阿良々木くん、今日はまた違う女の子を連れているんだね。きみは会うたんびに違う女の子を連れているなあ。全く、ご同慶の至りだよ」 

「…………いきなり押し掛けたのは悪かったよ。けど、お前の力が必要なんだ。助け………いや、手を貸してくれないか?」 




23 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:30:44.62 ID:N1ofEn9y0
「なんだい、阿良々木くんがそんな態度をとるなんて珍しいな。なんだか、調子狂っちゃうよ。うん?」 

忍野は。 

戦場ヶ原を、遠目に眺めるようにした。 

その背後に、何かを見るように。 

「…………初めまして、お嬢さん。忍野です」 

「初めまして。戦場ヶ原ひたぎです」 

そんな感じで、軽く挨拶が終わったところで、前の反省をいかしてあらかじめ戦場ヶ原の身に起こったかとを、知っているとはいえ、形だけ聞いた事を忍野に話そうとした。 




24 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:31:43.46 ID:N1ofEn9y0
「えっと、忍野。今回力になってほしいのは、こいつなんだけど…………」 

「こいつ呼ばわりしないで」 

予想通り戦場ヶ原は、毅然とした声で言った。 

「センジョウガハラサマが………」 

「片仮名の発音はいただけないし、そもそも、そんな呼び方、私は求めていないわ」 

「じゃあ、何て呼べばいいんだよ」 

「女王様と呼びなさい」 

「ガハラ女王」 

目を突かれた。 

「失明するだろうが!」 

「失言するからよ」 

はあ。どうやら僕は、こいつのホッチキスからは逃れられても、暴力と毒舌から逃れられないみたいだ。 

まあ、今のは僕が悪いんだけど。 




25 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:32:45.73 ID:N1ofEn9y0
「そんなことより」 

戦場ヶ原は忍野に向かい合った。 

「私を助けてくださるって、聞いたのですけれど」 

「助ける?そりゃ無理だ。きみが勝手に一人で助かるだけだよ、お嬢ちゃん」 

「………………………」 

うわ。 

戦場ヶ原の顔が強張ってく。 

しまったな。そう言うこともさっき教えておけばよかった。 

「えっと、じゃあまず僕が簡単に説明するから…………」 

「余計な真似を。殺すわよ」 

「………………………」 

戦場ヶ原が、またも、大枠を語ろうとした僕を遮った。 

「自分で、するから」 

「…………ああ」 

「自分で、できるから」 

どうやら、こいつの場合に限って言えばだけれど、僕の反省も、無意味のようだった。 




26 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:33:27.16 ID:N1ofEn9y0
二時間後。 

僕は、忍野と吸血鬼改め忍の居ついている学習塾跡を離れ、戦場ヶ原の家にいた。 

今回は、あらかじめ知ってた、というか何度も来たことがあるから驚くなんてことなかったけれど、それでもやっぱり戦場ヶ原は、 

「母親が怪しい宗教に嵌まってしまってね」 

なんて、そんな事を言った。 

だからこれは、やっぱり言い訳だったんだろう。 

誰へ対しての? 

もちろん、自分に対しての。 

「戦場ヶ原…………」? 

「なによ」 

「……………いや、なんでもない」 




27 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:33:58.36 ID:N1ofEn9y0
嫌な質問なんて、するべきじゃない。嫌な答が返ってくるだけなのだから。 

ましてや、中途半端な慰めの言葉なんて、それこそ論外だ。 

どれだけ僕がこいつと仲良くなろうと。恋人になろうと、それでも、深入りするべきではないことが、してはいけないことがある。 

僕にわかる話じゃない。 

知ったような口を叩くべきでもないのである。 

ともかく、僕は戦場ヶ原の家でお茶を飲みながら、戦場ヶ原が風呂から出てくるのを待っていた。 

もちろん、今回はきちんと着替えを用意させた。その辺に、抜かりはないはず。 




28 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:34:55.02 ID:N1ofEn9y0
戦場ヶ原の家を見渡す。 

僕には既に、慣れた景色だった。 

しかし、なるほど。最初の時こそ、僕は五百万だったなんて、文句を言ったりもしたけれど、それは、あの忍野の得意の見透かしで、戦場ヶ原が払えるギリギリの金額を要求したのかもしれなかった。 

「シャワー、済ませたわよ」 

戦場ヶ原が脱衣所から出てきた。 

すっぽんぽんで。 

「っ!なんで裸なんだよ!」 

「そこをどいて頂戴。服が取り出せないわ」 

「だったら、お前のその両手にもっている布は、一体なんなんだよ!」 




29 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:35:49.06 ID:N1ofEn9y0
「まあ、服といっても、私が取り出したいのは下着なのだけれど」 

平然と、戦場ヶ原が、濡れた髪を鬱陶しそうにしながら、僕が背にしていた衣装箪笥の一番下の段を指さす。 

「服を着ろ!」 

「だから今から着るのよ」 

「なんで今から着るんだ!」 

「下着を忘れたからよ」 

「だったらまずその服を着てから下着をつければいいだろうが!」 

「嫌よ、ノーブラとか、ノーパンとか。なんで私がゴミのような阿良々木くんの、阿良々木くんのようなゴミの前でそんな格好しなければならないのかしら?」 

「なんで全裸はオッケーなんだよ!それと、僕はゴミじゃねえ!」 

ああ、なんでこうなるんだよ。 

こいつ、やっぱりわざとやってるんじゃないか? 




30 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:36:47.53 ID:N1ofEn9y0
「なによ、阿良々木くん。まさかあなた、私のヌードを見て欲情したのではないでしょうね」? 

「仮にそうだったとしても僕の責任じゃない!」 

「心配しなくとも」 ? 

白いシャツを水色のブラジャー上から羽織る戦場ヶ原。もう何をしても無駄なような気がして、僕は戦場ヶ原をただ、眺めるようにする。 

「羽川さんには内緒にしておいてあげる」 

「羽川って」 

「彼女、阿良々木くんの片恋相手じゃないの?」 

「それは違う」 

「そうなんだ。よく話しているから、てっきりそうなんだと思って、鎌をかけてみたのだけれど」 

「日常会話で鎌をかれるな」 

「うるさいわね。処刑されたいの」 

「何のどんな権限を持ってんだよ、お前は」 

女王様か? 

女王権限を持っていると言うのだろうか? 




31 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:37:49.09 ID:N1ofEn9y0
「よく話しているのは、向こうが僕に話しかけてくれているだけだよ」 

勝手に話しかけてきているだけとは、冗談でも言えなかった。彼女の気持ちを、知ってしまっているのだから。 

「ふん。羽川さんもさぞや大変でしょうね。委員長だからといって、友達のいないゴミにまで気を配らなければならないなんて」 

「確かに、羽川は僕に気を配っているかもしれないが、しかし戦場ヶ原、友達ならお前にだっていないだろ」 

「あら、私にも友達くらいいるわ」 

「えっ、嘘」 

あれ、こいつに友達なんていなかったはずだけれど。ここが夢だからか? 

「私の友達は、沈黙と無関心だけよ」 

「……………………… 」 

そんな友達ならいらない。 




32 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:38:27.25 ID:N1ofEn9y0
戦場ヶ原は、やっぱり上半身から着替えてしまうつもりらしく、下半身には手をつけずにシャツの上からカーディガンを着ようとした。 

「髪」 

「えっ?」 

「髪を乾かしてからの方がいいんじゃないか?」 

「そんな事言って、少しでも私の薄着を長く見ていたいだけじゃないのかしら?ああい嫌だ嫌だ。これだから童貞は困るわ」 

そう言いながらも、戦場ヶ原はカーディガンを着ずに髪を乾かし始めた。 

こいつは、いちいち僕の言葉に悪態を返さないと気がすまないのかよ。 

「羽川さんも、忍野さんの、お世話になったのね?」 

「ああ。だから、一応信頼、してもいいと思うぜ。見た目はあんなんだけど、それでも、頼りになるやつなのは間違いないから。僕一人の証言じゃなく、羽川もそうだっていうんなら、お前も少しは安心できるんじゃないか?」 




34 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:39:03.63 ID:N1ofEn9y0
「そう。でもね、阿良々木くん」 

戦場ヶ原は言う。 

「悪いけれど、私はまだ、忍野さんの事を半分も信頼できてはいないの。それを簡単にできるほど、今までの私の人生は幸福じゃなかった」 

ありったけの嫌みを込めて、戦場ヶ原は言った。 

「だから、だからね、阿良々木くん。私は、たまたま階段で足を滑らせて、たまたまそれを受け止めてくれたクラスメイトが、たまたま春休みに吸血鬼に襲われてあて、たまたまそれを救ってくれた人が、たまたまクラスの委員長にも関わっていて…………そして、たまたま私の力になってくれるだなんて、そんな楽天的な風には、どうしたって、ちっとも思えないの」 

「楽天的ねえ」 

「そうじゃなくて?」 

「かもしんね。でも、いいんじゃねえの?」 




35 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:39:46.41 ID:N1ofEn9y0
「別に、楽天的でも」 

「………………………」 

「悪いことをしてるわけじゃないし、そりゃ、ちょっとはズルしてるかもしれなあけれど、そんなのあんまり、気にしなくてもいいんじゃないか」 

「悪いことを…………しているわけじゃない、か」 

「だろ?」 

「まあ、そうね」 

戦場ヶ原は、しかし、そう言ったあとで、 

「本当に、少しのズルとは、限らないのだけれどね」 

「……………………」 




36 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:40:37.24 ID:N1ofEn9y0
「おい、カーディガンが裏返しで、しかも後ろ前だぞ」 

「あら、本当ね。やっぱり、服を着るのは得意じゃないは」 

「それに関しては、単純にお前の不注意だと思うのだけれど、やっぱり、重いのか?」 

「ええ、そうね。こればっかりは、飽きることはあっても慣れることはないわ。けれど、意外に気がまわるのね。誉めてつかわすわ」 

「そりゃどうも」 

「ひょっとしたらだけど、頭の中に脳味噌が入っているのかもしれないわね」 

「人間なんだから当たり前だろ」 

「いえ、阿良々木くん。申し訳ないのだけれどさすがの私も、微生物を人間と呼ぶほどの器量は持ち合わせてはいないのよ」 

「その台詞に対してのツッコミは二つ!僕は微生物じゃないっていのが一つ。そして、微生物にだって脳味噌があるというので二つだ!」 




37 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:41:28.22 ID:N1ofEn9y0
「微生物に脳味噌は無いわよ」 

「え?ないのか?なかったっけ…………」 

「微生物の多くは単細胞生物で、単細胞生物には明確に脳味噌と定義されている部分は無いのよ」 

「そうだっけか……」 

うーん。やっぱり生物は苦手だな。ひょっとしたら僕には、こんな呑気に夢を見ているだけの余裕さえ、ないのかもしれない。 

「やれやれ、馬脚を露わしたわね、阿良々木くん。全く、あなたに脳味噌という存在を少しでも期待してしまった私が軽率だったわ」 

「いや、そこは当然に期待してろよ!」 




38 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:42:13.94 ID:N1ofEn9y0
「ふむ。決めたわ」 

戦場ヶ原は、白いシャツに白いカーディガン、そして、白いスカートを穿き、ようやく着衣を終えたところで、言った。 

「もしも全てがうまく行ったら、北海道へ蟹を食べに行きましょう」 

「もしかして、僕も連れていってくれるのか?」 

「当選でしょ」 

「了解」 

「脳味噌の無い阿良々木くんには、蟹の味噌だけ食べさせてあげるわ」 

「…………………」 

そういえば、そんな約束もしたな。 

受験が成功したあかつきには、二人でお祝いに北海道へ行くっていうのも、良いかもしれないな。 




39 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:43:01.97 ID:N1ofEn9y0
「ま、結界みたいなものだよ。よく言うところの神域って奴ね。そんな気張るようなもんじゃない。お嬢様ちゃん、そんな緊張しなくったっていいよ」 

零時を少し回った頃、僕と戦場ヶ原は忍野に案内されて、三階の教室の中の、一つに入った。 

「緊張なんて、していないわ」 

「そうかい。そりゃ重畳だ」 

言いながら、教室の中に入る。 

「お嬢様ちゃん、目を伏せて、阿良々木くんがしてるみたいに、頭を低くしてくれる?」 

「え?」 

「神前だよ。ここはもう」 




40 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:43:51.04 ID:N1ofEn9y0
そして、三人、神床の前に、並ぶ。 

二度目だとはいっても、おかしくなってしまいそうな感じだ。 

自然、構えてしまう。 

「なあ、忍野」 

「なんだい?阿良々木くん」 

「もしもの時は、僕が戦場ヶ原の盾になればいいんだよな 

「はっはー。なんだい、今日の阿良々木くんは、やけに物分かりが良いね。何かいいことでもあったのかい」 

「まあ、そうならないのが一番なんでけど 

、もしもということもあるからね。その時はそうしてもらうことになるよ」 

「分かった」 

「阿良々木くん」 

戦場ヶ原がすかさず言った。 

「わたしのこと、きっと、守ってね」 

「何故いきなりお姫さまキャラに!?」 

「これは勅命よ」 

「お前はいつまで女王キャラを引っ張るきだよ!」 




41 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:44:37.90 ID:N1ofEn9y0
忍野は供物の内からお神酒を手にとって、それを戦場ヶ原に手渡した。 

「え…………何ですか?」 

戸惑った風の戦場ヶ原。 

「お酒を飲むと、神様との距離を縮めることができる、そうだよ」 

「……未成年です」 

「酔うほどは飲まなくていいんだってさ」 

「……………………」 

結局、戦場ヶ原はそれを一口、飲み下した。それを見取って、戦場ヶ原から返還された杯を、元あった場所に、忍野が返す。 

「さて。じゃあ、まずは落ち着こうか」 




42 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:45:14.87 ID:N1ofEn9y0
「落ち着くことから、始めよう。大切なのは、状況だ。場さえ作り出せば、作法は問題じゃない。最終的にはお嬢ちゃんの気の持ちよう一つなんだから」 

「気の持ちよう…………」 

「リラックスして。数を数えてみよう。一つ、二つ、三つ………」 

別に 

僕がそうする必要はないので、僕は気持ち、戦場ヶ原の方に寄った。 

神様から守りやすいように。 

壁に、なりやすいように。 

「落ち着いた?」 

「………はい」 




43 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:45:46.26 ID:N1ofEn9y0
「そう、じゃあ、質問に答えてみよう。きみは、僕の質問に、答えることにした。お嬢ちゃん、きみの名前は?」 

「戦場ヶ原ひたぎ」 

「通っている学校は?」 

「私立直江津高校」 

「誕生日は?」 

「七月七日」 

淡々と。 

変わらぬペースで。 

呼吸音や、心臓の鼓動すら、響きそうな静寂。 




44 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:46:25.33 ID:N1ofEn9y0
「初恋の男の子はどんな子だった?」 

「言いたくありません」 

「今までの人生で」 

忍野は変わらぬ口調で言った。 

「一番、辛かった思いでは?」 

「……………………」 

そろそろだな。 

そう思い、いよいよ僕は覚悟を決める。 

途中、戦場ヶ原に、何があっても顔を上げるなと言えばいいんじゃないかとも思ったが、しかし、忍野の言った通り、何があるかわからないのである。 

だったら、タイミングをずらさない為にも何も言わないのが正解だ。 

なんて考えていると、いよいよ、あの場面に差し掛かった。 




45 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:47:04.38 ID:N1ofEn9y0
「あっ、ああああああっ!」 

「何か、見えるのかい?」 

「み、見えます。あのときと同じ、あのときと同じ大きな蟹が、蟹が見える」 

どうやら、戦場ヶ原には、蟹が見えているらしが、何度立ち会っても、 

「阿良々木くんには、何か見えるかい?」 

「見え、ない」 

見えるのは、ただ。 

揺らぐ明かりと。 

揺らぐ影。 

蛇のときと同じで。 

そんなものに、意味はない。 




46 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:47:39.57 ID:N1ofEn9y0
「だそうだ」 

戦場ヶ原に向き直る忍野。 

「本当は蟹なんて見えて、いないんじゃないかい?」 

「い、いえ、はっきり。見えます。私には」 

「だったら言うべきことが、あるんじゃないか?」 

「言うべき、こと」 

そのとき。 

やはり戦場ヶ原は、顔を上げてしまった。 

それを僕は、ろくに確認もせずに、戦場ヶ原の前に躍り出る。 




48 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:48:25.37 ID:N1ofEn9y0
「あ、阿良々木くん!」 

戦場ヶ原の前に躍り出た僕は、しかし、見えない何かに押されるようにして、戦場ヶ原の横を掠める形で教室の一番後ろに、掲示板に、叩きつけられた。 

そのまま、落ちない。 

足がつかない。 

張り付けられたごとく、そのままだ。 

十字架に張り付けられた、吸血鬼のごとく。 

「はっはー。やっぱり、今日の阿良々木くん一味違うね。いや、僕はきみのことを見直したよ。さすがは、僕のベストフレンドだ」 

なんて、場違いな風に軽口を叩く忍野に対して、僕の方といえば、今にも意識を失いそうだった。 




49 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/23(木) 23:48:29.64 ID:/zyqToXeo
どきどき 


50 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:49:26.42 ID:N1ofEn9y0
「くっ…………くはっ………………」 

「仕方がないな。やれやれ、せっかちな神さんだ、まだ祝詞も挙げてないっていうのに。気のいい奴だよ、本当に。何かいいことでもあったのかな」 

「お、忍野さん」 

「わかっているよ、お嬢ちゃん。やむをえん、方向転換だ。まあ、僕としては最初から、別にどっちでもよかったんだ」 

ため息混じりにそう言って、つかつかと、しかししっかりとした足取りで、僕の方に向かってくる。 

そして、ひょいっと手を伸ばし。 

僕の顔の、少し前辺りをつかみ。 

軽く、引き剥がした。 

「よっこらせ」 

「がはっ!…………ぐ、忍野の………」 

「大丈夫かい?阿良々木くん」 

なんて、そんな声が聞こえてようやく前を見ると、そこでは、忍野が神を、踏みつけにしていた。 




51 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:50:02.82 ID:N1ofEn9y0
忍野は、自分の足元を見遣る。 

価値を測るような細い目で。 

「蟹なんて、どんなにでかかろうが、つーかでかければでかいほど、引っ繰り返せば、こんなもんだよな。どんな生物であれ、平たい身体ってのは、縦から見たところで横から見たところで、踏みつけられるためにあるんだとしか僕には考えられないぜ。といったところで、さて、どうする?お嬢ちゃん」 

そしていきなり、状況が今だ飲み込めず立ち尽くしている戦場ヶ原に声をかけた。 

「どうするって…………」 

「始めからもういっぺんやり直すって手も、あるにはあるんだけれど、手間がかかるよ。僕としては、このままぐちゃりと踏み潰してしまうのが、一番手っ取り早いんだけれど」 

「…………………………」 




52 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:50:46.68 ID:N1ofEn9y0
「ああ、安心してくれ。そうしたって、お嬢ちゃんの悩みは、形の上では解決するから」 

「形の、上で……………」 

「それにね、お嬢ちゃん。僕は蟹が、とてつもなく嫌いなんだよ」 

食べにくいからね、と。 

忍野はそう言って、 

足を 

足に力を。 

「待って」 

忍野の陰から声がした。 

言うまでも無く、戦場ヶ原だった。 

先程とは違い、きちんした目付きで、姿勢で、戦場ヶはそう言った。 




53 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:51:24.99 ID:N1ofEn9y0
「待ってください。忍野さん」 

忍野は意地悪な笑みを浮かべ、戦場ヶ原野の呼び掛けに答えた。 

「待つって、何をさ。お嬢ちゃん」 

「ごめんなさい、阿良々木くん」 

戦場ヶ原は言った。 

「私を守ってくれてありがとう。ちゃんとできなくてごめんなさい。でも、」 

そして、戦場ヶ原は忍野に視線を変えた。 

「今度は、ちゃんと、できますから。自分で、一人で、できるから」 

足を引いたりしない。 

踏んだままだ。 

しかし忍野は、踏み潰すこともせず、 

「じゃあどうぞ、やって御覧」 

と、戦場ヶ原に言った。 




54 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:52:09.35 ID:N1ofEn9y0
「ごめんなさい」 

先程僕に言った言葉を、しかし、先程とは違って、土下座の形で。 

まずは、謝罪の言葉だった。 

「それから、ありがとうございました」 

そこに、感謝の言葉が続いた。 

「でも、もういいんです。それは、私の気持ちで、思いで、私の記憶ですから、私が、背負います。失くしちゃ、いけないものでした」 

ズルをしてごめんなさいと、もう一度謝ったあとに、最後に、 

「お願いです。お願いします。どうか、私に、私の重みを、返してください」 

最後に、祈りのような、懇願の言葉。 

「どうかお母さんを、私に、返してください」 




55 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:53:02.78 ID:N1ofEn9y0
だん。 

忍野の足が、床を踏み鳴らした音だった。 

おそらく、当たり前のようにそこにいて、当たり前にそこにいない形へと、戻ったのだろう。 

還ったのだろう。 

「…………ああ」 

身じろぎせず、何も言わない忍野メメと。 

全てが終わったことを理解しても、姿勢を崩すことなく、そのままわんわんと声を上げて泣きじゃくり始めた戦場ヶ原ひたぎを、阿良々木暦は、壁にもたれ掛かるような、そんな姿勢で眺めるように見ていて。 

ああ、ひょっとしたらどんなことをしようと、きっと、戦場ヶ原のこの涙だけは、なくならない、これからの彼女に必要な、そんな涙なのかもしれないと、ただぼんやり、考えていた。 




56 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:54:18.48 ID:N1ofEn9y0
「何も変わらないなんてことはないわ」 

なんて、ことの後始末が終わった辺りで、そんな話になった。 

赤く泣き腫らした目で、僕に向かって。 

戦場ヶ原は、そんなことを言った。 

「少なくとも、大切なの友達が一人できたわ」 

「僕のことか?」 

なんて、そんな風におどけてみせる僕に対して、やはり戦場ヶ原は、照れもなく、それに、遠回しでもなく、堂々と、戦場ヶ原は、胸を張った。 

「あなたのことよ」 

「改めて、ありがとう、阿良々木くん。私は、あなたにとても、感謝しているわ。今までのこと、全部謝ります。図々しいかもしれないけれど、これからも仲良くしてくれたら、私、とても嬉しいわ」 

不覚にも、こんなことを言ったらまたぞろバカップルなどと言われるかもしれないが、それでも僕は。 

夢が覚めたら、真っ先にこいつに会いに行こうと。 

そんなことを、思った。 




57 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/23(木) 23:54:55.63 ID:N1ofEn9y0
後日談というか、今回のオチ。 

翌日、いつもとは違い二人の妹、火憐と月火に叩き起こされることなく、珍しく自力で起きた僕は、やけに服が重く感じた。 

まさかとは思い、前のようにダイニングの前の、洗面所に向かった。 

そこにあるのは、ヘルスメーター。 

乗った。 

ちなみに、僕の体重は受験肥りして、現在五十九キロ。 

メーターの数値は、五キロを指していた。 

「…………おいおい」 

なるほど、これで戦場ヶ原に朝から会いに行く口実ができたと思うことにしよう。 

体重はまあ、影縫さんにでも、あとで相談するしかないか。 

なんて、そんなことを考えながら、僕はひどく重く感じる携帯電話を手に取った。 




58 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/23(木) 23:59:55.57 ID:E/xJdrwP0
化物語のSSもっと増えないかな 


59 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/24(金) 00:02:02.73 ID:jRBdizyXo
よく分からんがいい雰囲気だった 


73 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/25(土) 23:44:04.93 ID:p4bRCeHd0
「戦場ヶ原ひたぎ様です」 

「蟹を食べにくいなんて言う人がいるけれど、それじゃあまるで、食べるのが簡単な生き物がいるみたいじゃない」 

「生き物の命を奪っているのに、その事について簡単だ難しいなどと言う人は、この人間は食べづらいと思われながら、肉食獣にでも食われてしまえばいいのに」 

「ここで一句」 

「思い出も 
重さもなくす 
蟹に遭い」 

「次回、心が強くてニューゲーム其ノ貳」 

「阿良々木暦、ぶっ殺す」 


74 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/26(日) 00:42:53.67 ID:aFC1dlfF0
超期待 


78 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:19:28.97 ID:CnznoRGa0
「あらあら、これはこれは。公園のベンチに上に犬の死体が捨てられていると思ったら、なんだ、阿良々木くんじゃないの」 

なんて、そんな声で意識が覚醒する。 

どうやら、僕はまた昔の夢を見ているようだ。 

「何よ。ただの挨拶じゃない。冗談よ。阿良々木くん、ユーモアのセンスが決定的に欠如しているんじゃないの?」 

「いや、お前のはユーモアじゃくてただの悪口だ」 

なんて、そんな話をしながら、戦場ヶ原は僕の座っているベンチの方に寄ってきた。 




79 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:20:13.97 ID:CnznoRGa0
「ところで、阿良々木くん。こんなところで、一体全体、何をしているの?私が休んでいる間に学校を退学にでもなってしまったのかしら?家族にはそんなこと話せないから、学校に通っている振りをしてて、公園で時間を潰しているとか、だとすれば…………」 

「それ、リストラされたお父さんじゃねえか。……………まあ、そんな大した理由じゃないよ。今日はちょっと、家にいづらいだけ」 

「そう。学校だけではなく、家でまで居場所を無くしてしまった阿良々木くんは、自分の存外が許される場所を探し求めている、という訳ね」 

「いや、そんな重い話じゃねえよ!」 




80 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:20:49.63 ID:CnznoRGa0
「ね。阿良々木くん。もし暇をしているのなら、隣、構わないかしら?」 

「いいよ。けど、なんで?」 

「あなたとお話がしたいわ」 

本当に、こういう物言いは直截的なんだよな。 

普段の会話も、これくらい簡単明瞭ならいいのだけれど。 

「では遠慮なく」 

なんて、そんなことを言いながら、予想通り戦場ヶ原は、僕に密着する形でベンチに座った。 

「この間のこと」 

そんな状況で、位置関係で。 

戦場ヶ原は平然とした風に言った。 




81 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:21:49.48 ID:CnznoRGa0
「くどいようだけれど、最後にもう一度、お礼を言わせてもらおうと思って」 

「…………ああ。いや、お礼だなんて、そんなの、別にいいよ。考えてみたら、僕、何の役にも立ってないしな」 

「そんなことないわ」 

なんて、予想外のことを戦場ヶ原は言った。 

「え?」 

「あなたはきちんと、私を守ってくれた」 

一瞬、意味が分からなかった。 

しかし、よく考えてみると、ちょっと前にそんな夢を見た気がする。 

なんだ?この夢、前のの続きみたいなものなのか? 

「実際、私は阿良々木くんが助けてくれる確率なんて、ほんの一割くらいだとしか思っていなかったわ」 

「………………………………」 

期待値が低すぎる、と意義を申し立てたいのはやまやまだったが、しかし、現実では僕は実際何もできなかったので、ここは甘んじて受け入れることにした。 




82 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:22:54.72 ID:CnznoRGa0
「けれど、あなたは本当に私を守ってくれた。私は、とても感謝しているのよ」 

「だったら、礼は忍野に言っとけよ。それだけでいいと思うぜ」 

「忍野さんのことは、また別の話だわ。それに、忍野さんには、規定の料金を支払うことになっているしね。十万円だったかしら」 

「ああ。バイトするんだっけ」 

「いらっしゃいませ、こんにちは。こちらでお持ち帰りですか?」 

「店で食う選択肢を与えろ。是が非でも帰そうとするな」 

「でもほら、私ってやっぱり、労働には不向きだから」 

「自覚があるのは自覚がないのよりいいことだと言ってやりたいところだが、お前のはそれ以前の問題だ」 




83 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:23:31.12 ID:CnznoRGa0
「まあ、お金のことはちゃんとするわ。だから、忍野さんのことは、また別、ということ。それで、私は、阿良々木くんには、忍野さんとは違う意味で、お礼を言いたいの」 

「だから、別にそんなのはいいって。そんな恩に感じられるほどのことはしたとも思ってないし、忍野風に言うなら、『戦場ヶ原が一人で助かるだけ』なんだから、僕に対して、恩を感じるとか、そういうのは、やめにしとこうぜってこと。これから仲良くやっていきにくくなるだろ」 

「仲良く、ね」 

戦場ヶ原は言った。 

「でも、私はあなたが何と言おうと、あなたにお返しがしたいと思うのよ。そうでないと、私はいつまでも、阿良々木くんに、引け目のようなものを感じてしまうの」 

「それが終わってから、対等な友達同士になれる、ってことか?」 

「ええ、そうよ。物分かりがよくて助かるわ」 




84 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:24:10.87 ID:CnznoRGa0
「だから、阿良々木くん。何か私にして欲しいことはないかしら?一つだけ、何でも言うことを聞いてあげるは?」 

「…………………………」 

さて、どうするかな。 

これは夢なんだから、火憐のことを相談してもしょうがないし。 

だったら、夢がないと言われるかもしれないけれど、 

「じゃあ」 

「なにかしら?」 

「僕に、勉強を教えてくれないか?」 

何度。 

何度、もっと早くに勉強を始めればよかったと、思ったことか。 

本当に、夢の中でまでこんな願いかよとも思うかもしれないが、しかし、今の僕には切実な願いなのだ。 




85 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:25:23.71 ID:CnznoRGa0
「その程度ならお安い御用よ。けど………」 

「けど、なんだよ?」 

戦場ヶ原は少し躊躇うような、気をつかうよな様子をみせてから、 

「脳味噌の無い阿良々木くんに、高校生の勉強を教えるのは、少し自信がないわね」 

「だから、脳味噌くらいあるっつってんだろ!」 

なに無駄に躊躇う仕草とかしてんだよ! 

ふざけんな! 

「え?脳味噌が無いことがばれて退学になったんじゃ……………」 

「だから退学になんてなってねえ!」 




86 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:25:58.62 ID:CnznoRGa0
「まあ、冗談よ。ちゃんと、勉強なら教えてあげるわ」 

「そりゃ、ありがたいね」 

「それに、実際のところ、このままだと阿良々木くんが退学、というのは、あながち冗談ではすまなくなりそうだしね」 

「……………………………」 

「けど、本当にそれだけでいいのかしら?私はあなたに、一週間語尾に『にゅ』とつけて会話して欲しいとか、一週間下着を着用せずに授業を受けて欲しいとか、てっきりそんなお願いをされるとばかり思って、覚悟していたのだけれど、なんだか興醒めだわ」 

「お前は僕をなんだと思ってるんだよ!」 

捨てちまえ、そんな覚悟。 




87 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:26:41.64 ID:CnznoRGa0
「ああでも、これは頼みごととは違うんだけど、もう一つだけ」 

「やれやれ、チャンスを与えるとすぐこれだわ。これだから素人童貞は困るわね」 

「…………………」 

一体全体こいつは僕にどうしてほしいんだよ。 

「それで、一体なんなのかしら?」 

「ああ、頼みごととはやっぱり違って、約束みたいなもんなんだけど」 

「約束?」 




88 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:27:33.87 ID:CnznoRGa0
「お前って、まあ僕もそうなんだけど。普通の人とは違う境遇に身を置いただろ」 

吸血鬼に襲われて。 

蟹に願った。 

「だから、人と意見が違ったとき、間違っているのは自分だ。おかしいのは自分なんだって、そう思うこともあるかもしれない。僕もそう思ってた。」 

おかしいのは自分、異常なのは自分。 

今の戦場ヶ原には、そんな考え方が、桁違いなほど強固に、根付いてしまっている。 

「けど、それは違うんだ。人と意見が食い違うなんてことは、よくあることなんだ。お前には蟹が見えて、僕や忍野には見えなかったみたいにさ」 




89 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:28:19.78 ID:CnznoRGa0
「だから、約束だ」 

「……………………………」 

「戦場ヶ原。見えていないものを見えている振りしたり、見えているものを見えていない振りしたり、おかしいのは自分だって決めつけたり、そういうのは今後一切、なしだ。なしにしよう。おかしなことは、ちゃんとおかしいと言おう。そういう気の遣い方はやめよう。経験はけいけんだから、知っていることは知っていることだから、多分、僕もお前も、これからずっと、そういうものを背負っていかなくちゃならないんだから。そういうものの存在を、知ってしまったんだから。だから、もしも意見が食い違ったら、そのときは、ちゃんと話し合おう。約束だ」 

怪異と行き遭ってしまった人間は、残りの一生、どうしたって、それを引き摺って生きることになる。 

そんなこと、今の僕が言えたことでは、全然ないのだけれど。 




90 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:28:56.33 ID:CnznoRGa0
「お安い御用よ」 

なんて、僕からの勉強の頼みごとを受けたときみたいに。 

戦場ヶ原は、今の段階ではまだ僕の真意は、ひょっとしたらまだ伝わってないのかもしれないと思うほどに。

あっさりと、涼しい顔で頷いた。 

「そうか」 

そんな風に、戦場ヶ原と話している内に。 

僕達が座っているベンチから、広場を挟んで反対側、公園の隅っこの方、鉄製の看板、案内図、この辺りの住宅地図を眺めている、少女の人影が一つ。 

八九寺真宵の登場である。 




91 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:29:43.30 ID:CnznoRGa0
「なあ、戦場ヶ原」 

「なにかしら、顔がおかしな阿良々木くん」 

「なんだと!」 

「あら、約束通りおかしなことを指摘したつもりだったのだけれど」 

「…………………………」 

「約束通りなら、これから、何故阿良々木くんの顔はなぜおかしいのか、ということについて話し合うのね。最初から、中々難しい問題ね」 

「僕が言ってるのはそういうことじゃねえよ!」 

こいつ、本当に僕の言いたいことが伝わってないんじゃないか? 

「冗談よ。それで、なにかしら?」 

「お前、さっきから冗談ばっかりだな………」 




92 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:30:09.47 ID:CnznoRGa0
「あそこいる、女の子、見えるか?」 

「あそこって?」 

「ほら、あの地図のところ」 

そう言って、僕は住宅地図を指差した。 

正確には、その地図の前に立っている八九寺真宵を。 

「いえ、なにも見えないわ」 

「そうか、僕には見えるんだよ。ツインテールで、大きなリュックサックを背負ってる、小さな女の子が」 

道に迷っている、女の子が。 

「そう。でも、やっぱり、私には見えないわ」 

戦場ヶ原ははっきりと、そう言った。 

「それでいいんだよ」 

それで、いいんだ。 




93 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:30:58.30 ID:CnznoRGa0
「その女の子、道に迷っているみたいなんだ。だから、声をかけてこようと思うんだけど」 

「ふうん。それはいいのだけれど、大丈夫なの?だって、私には見えないってことは、おそらく怪異なんでしょ?」 

戦場ヶ原は、相変わらずの無表情で、しかし、僕のことを心配するようなことを言った。 

「大丈夫だろ。それじゃあ、ちょっと行ってくるから、ここで待っててくれ」 

「ええ。分かったわ」 




94 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:31:33.02 ID:CnznoRGa0
八九寺真宵を見つけたとき、僕がどんなことを思ったかというと、単純にうれしかった。 

例え夢の中でも、彼女にまた会えることがうれしかった。 

いくらあいつが、悲しくないように別れを演出してくれたとはいえ、それでも僕はあいつと別れることが、辛かった。 

だから、僕は例え夢の中だろうと、最終的には、消えてしまうことになろうと。 

あいつをまた、自分の家に帰してやろうと。 

親のところに、帰してやろうと。 

そう、心に誓った。 




95 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:31:58.78 ID:CnznoRGa0
大事なのは、ファーストコンタクトだ。 

このころの八九寺は、僕のことをまだ知らないのだから。 

驚かせるのはまずいだろう。 

そう思い、僕は足音を消し(?)、抜き足差し足忍び足で(!?)、対象から気付かれないように細心の注意を払いながら(!!)、八九寺の背に近付いた。 

幸いなことに、地図とにらめっこしている八九寺は、僕に気付かない。 

僕は。 

僕は背後から、そんな八九寺のスカートを全力でまくった。 

スカートがリュックごと、彼女の上半身を覆う形になる。 




96 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:32:32.00 ID:CnznoRGa0
「ぎゃーっ!」 

当然、八九寺は悲鳴をあげる。 

なんだか、本当に懐かしい気分になる。 

しかし、八九寺は僕の体に噛みつくことなどなく。 

ただそのまま、後ろを振り向きもせずに、全力のダッシュ。 

子供ダッシュ。 

「あっ!しまった!」 

なんて、全然締まらない話だけれど、夢の中での、僕と八九寺のファーストコンタクトは、失敗に終った。 




97 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:33:04.26 ID:CnznoRGa0
「どうしたの……………?阿良々木くん」 

戦場ヶ原が、僕の大声を聞きつけてこちらに歩いてきた。 

「いや、声をかけようとしたら、逃げられちゃってさ」 

「まあ、犬の死体に見えるような人が近付いてきたら、誰でも逃げ出すわ。かくいう私も、そうとう我慢して、あなたの側にいるのよ」 

「そうなのか!?」 

まあ、正確には僕の顔を見る前に逃げていったのだけれど。 

……………見られてないよね?僕の顔。 




98 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:33:49.64 ID:CnznoRGa0
「それで、これからどうするのかしら?」 

「どうするって………………」 

まあ、八九寺は多分またここに戻ってくるだろうけど、少し時間があるしな。だったら、あんまり怪異のことを知ったような口を聞くのも嫌だし、取り敢えずは、 

「忍野のところに行って、あの子のこと、聞いてこようと思うんだけれど」 

「そう。じゃあ、私も行くわ」 

「そうか。じゃあ、二人で行くとするか」 

けど、忍野にはなんて言えばいいんだろう。 

まだ、あいつが人を迷わせる怪異だってことは、全然分かんない状況だしな。 

まあでも、案外あいつなら、迷子の怪異ってだけで八九寺のこと、見透かせるのかもしれないな。 




99 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:34:50.29 ID:CnznoRGa0
「やあ、阿良々木くん。遅かったね、待ちかねたよ」 

なんて、相変わらずのそんな対応で、忍野メメは僕達のことを出迎えた。 

「それに、今日はツンデレちゃんも一緒なんだね。どうしたんだい?」 

ツンデレちゃんと呼ばれた戦場ヶ原は、かなり不機嫌そうな顔をしていたけれど、どうやら呑み込んでくれたようだ。 

「怪異を見たんだ。それで、お前なら何か分かるじゃないかと思ってな」 

「ふうん。いいよ、話して御覧。前回、ツンデレちゃんのときに阿良々木くんは、けっこう頑張ってたしね」 

「そうか。じゃあ、今日の公園でのことなんだけれど…………………」 




100 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:35:44.25 ID:CnznoRGa0
「へえ。迷子の怪異、ね」 

忍野には、八九寺が僕には見えて、戦場ヶ原には見えなかったこと。八九寺がどうやら道に迷っているらしいことを話した。 

「それにしても、阿良々木くん。きみはまたやっかいなことに首を突っ込んでいるね。前回、僕はきみのことを少し見直したけど、やっぱり、そういう所は変わらないね」 

「いや、そりゃお前を頼り過ぎている部分はあるかもしれないけれど、それでも、知ってしまったんだから、見過ごすことなんて、僕にはできないよ」 

「はっはー。まったく、きみは相変わらずだね。何かいいことでもあったのかい?」 

なんて、そんなことを言いながらも、忍野は、八九寺のことを、迷い牛のことを話だした。 




101 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:36:33.41 ID:CnznoRGa0
「まず、その女の子。八九寺ちゃんって言うんだっけ?」 

「ああ、そうだよ。八九寺真宵。リュックにそう書いてあったから、多分間違いない」 

「そう。その八九寺ちゃんなんだけど、多分、迷い牛だよ」 

「迷い牛。ああ、そういえばあいつ、どことなく蝸牛みたいなやつだったけれど、蝸牛にも牛って字は入っているよな」 

「へえ、さすがね、阿良々木くん。そんな難しいことまで知っているなんて、ひょっとしたら、私が勉強を教える必要なんてないんじゃないかしら?」 

「お前…………今絶対僕のことバカにしただろ」 

まあ、今のは僕が調子に乗ったんだけど。 




102 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:37:15.00 ID:CnznoRGa0
「それで、迷い牛ってのは、どういう怪異なんだ?」 

そういえば、僕は迷い牛のこと、こいつに面と向かって聞いたことはなかったな。 

「まあ、簡単に言うと、迷い牛ってのは、人を迷わせる怪異だよ。名前の通りね」 

「人を、迷わせる」 

「そう。迷い牛は、ついてきた人を迷わせる。だから、対処法は簡単さ。ツンデレちゃんのときみたいに、めんどくさいことなんてなにもない」 

「だって、迷い牛についていかなければいいだけなんだから。その子どっかに行っちゃったんだろ?だったら、深追いしないのが一番だよ」 

なんて、忍野はやっぱりそんなことを言った。 

けど、それじゃ、駄目なんだ。 

それじゃ、なんの解決にもならない。 




103 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:37:51.88 ID:CnznoRGa0
「けど、それじゃあ八九寺はどうなるんだ?」 

「ん?おかしなこと聞くね。そんなの、今のままに決まってるじゃないか」? 

なんてことを、忍野は当然のように言う。 

今のまま。 

誰にも気づかれず、誰も寄せ付けない。 

戦場ヶ原とは違うけれど。 

優しさすらも、拒絶する。 

「でも忍野。迷い牛をいうのは、いってみれば幽霊みたいなもんなんだろ?だったら、成仏させる方法だってあるんじゃないか」 

「なんだい阿良々木くん。随分とおかしなことを言うんだね。君と八九寺ちゃんは、言ってみれば関係のない、ただの赤の他人だろ?そこまでする意味はないんじゃないかい?」 

「それとも、阿良々木くん。自分のことと委員長ちゃんとツンデレちゃんと、三つ立て続けに怪異を解決しちゃったもんだから、ちょっと調子コイちゃってるんじゃないの?」 




104 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:38:25.02 ID:CnznoRGa0
「別に、僕は調子コイちゃってねえよ」 

「それに、関係なくなんかないさ。僕はあいつを助けたいと思ったんだ。無関心じゃなければ、それはもう、無関係なんかじゃない」 

忍野に言わせれば、人は一人で勝手に助かるだけかもしれないが。 

それはけっして、人を助けたいと思ってはいけないというわけではなく。 

僕みたいな奴が、人を助けたいと思うのは無理なことかもしれないし、無茶なことかもしれないけれど、それでもやっぱり、無駄ではないはずなのだから。 

「だから忍野。迷い牛を、八九寺真宵を成仏させる方法を教えてくれないか?」 




105 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:38:56.77 ID:CnznoRGa0
「阿良々木くん、私、まだ昼食をとっていないの。だから、先にあの公園に行っててもらえるかしら」 

結局。 

結局忍野は、僕に迷い牛の対処法を教えてくれた。 

最終的には、僕はその方法を知っているのだから、忍野を無視して行動することもできたのだけれど。やっぱり、忍野を納得させてから動くのが本当なんじゃないかと思っていたので、取り敢えずは一段落だ。 

まあ、結果的に納得というか、忍野が折れてくれた形になったのだけれど。 

そんな訳で、今は取り敢えず戦場ヶ原と一緒にあのもといた公園に帰る途中だった。 




106 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:40:09.04 ID:CnznoRGa0
「ああ、分かった。じゃあ僕は、お前が来る前にせいぜい八九寺と打ち解けておくよ」 

「ええ、そうしてちょうだい。そこのところは、どうしたって私は力になれないから」 

そういえば、こいつって子供嫌いなんだったな。 

まあそれ以前に、こいつには八九寺のことが見えないのだけれど。 

「別に構わないさ。僕の我儘に、お前まで付き合わせちゃってるんだから。道案内をしてくれるだけで充分だよ」 

「そう。それじゃあ、せいぜい頑張ってちょうだいね」 

そう言って、戦場ヶ原と僕は一旦別れた。 

そして今まさに、公園に着いた僕の視界には、相も変わらず迷子の少女。 

八九寺真宵が、そこにいた。 




107 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:40:39.49 ID:CnznoRGa0
やっぱり、最初はフレンドリーに行くべきだよな。ただでさえ、ついさっき謎の変態にスカートを捲られたばかりなのだから。ここは、警戒心を与えないように、 

「よっ。どうした、道にでも迷ったのか?」 

懐かしい、利発そうな顔立ちの八九寺は、まずじっと僕を、吟味するように見て、それから口を開いた。 

「話しかけないでください。あなたのことが嫌いです」 

「……………………」 

大丈夫だ。これくらい何でもない。傷ついている暇はない。 

「迷子なんだろ?どこに行きたいんだ?」 

「……………………………」 

「そのメモ、ちょっと貸してみろよ」 

「……………………………」 

「……………………………」 

………………………………。 




108 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:42:54.08 ID:CnznoRGa0
「てい」 

頭を叩いた。 

不意打ちではなく、正面から、グーで。 

「な、何をするんですかっ!」 

しゃべってくれた。 

ありがたい。 

「グーで叩かれたら、誰だって文句の一つも言いますっ!」 

「いや………………叩いたのは悪かったよ。でも、知ってるか?命という漢字の中には、叩くという漢字が含まれているんだぜ」 

「意味がわかりませんっ」 

「命は叩いてこそ光り輝くってことさ」 

「目の前がちかちかと輝きましたっ」 

残念だけど、やっぱり誤魔化せないか。 

「いや、マジでごめんって。えっと、僕の名前は、阿良々木暦っていうんだ」 

「暦ですか。女の子みたいな名前ですね」 

「………………うん。よく言われる」 




109 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:43:31.52 ID:CnznoRGa0
「で、お前はなんて名前なんだ?」 

「わたしは、八九寺真宵です。わたしは八九寺真宵といいます。お父さんとお母さんがくれた、大切なお名前です」 

「ふうん…………」 

「とにかく、話しかけないでくださいっ!わたし、あなたのことが嫌いなんですっ!」 

さて、どうするか。戦場ヶ原が来る前に、打ち解けてなきゃなんねえし。やっぱり、暴力は不味いよな。 

僕ももう、いい大人なのだから。ここは頭を使って、 

「八九寺ちゃん。今度アイスクリームを食べさせてあげるから、ちょっと僕と公園で話さないか?」 

「行きますっ!」 

………………分かってはいたけれど、さすがにこれはちょろすぎて泣けてくる。 




110 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:44:10.71 ID:CnznoRGa0
「阿良々木さん。私を案内してくれるんじゃなかったのですか?」 

僕達はさっき戦場ヶ原とそうしていたように、ベンチに並んで二人で座っていた。 

「ああ、でもちょっと待ってくれ。もう少ししたら、ここら辺の道に詳しい奴が来るから。それまで、僕とお喋りでもしていようぜ」 

なんて、本当は僕がこいつと話したいだけなのだけれど。 

「ふーんだっ。話しませんっ。黙秘権を行使しますっ」 

まあやっぱり、最初はこんなもんだろうけど。 

「話さねーと、連れていってやんねーぞ」 

「別に頼んでませんっ。一人で行けますっ」 

「でもお前、迷子だろ?」 

「だったら、なんですかっ」 

「あのな、八九寺、後学のために教えてやるけれど、そういうときは、誰かを頼ればいいんだよ」 




111 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:44:45.53 ID:CnznoRGa0
「自分に自信が持てない阿良々木さん辺りはそうすればいいですっ。気の済むまで他人に頼ってくださいっ。でも、わたしはそんなことをする必要がないんですっ。わたしにとってはこの程度、日常自販機なんですからっ!」 

「へえ…………定価販売なんだな」 

なんて、そんな風に言いはしたものの。 

道に迷い、人を拒絶することを、いつからこいつは、日常としてしまったのだろう。 

それが日常となるまでに、一体どれほどの人間を、拒絶したのだろう。 

「それに、わたしはどうやっても、たどり着けませんから」 

「…………………………」 

八九寺は、僕に聞かせるつもりではなく、ただの独り言として、そう呟いた。 

「わかりましたよ、お嬢様。お願いですどうかわたくしめと、会話をしてはくださいませんか」 

「言葉に誠意がこもってませんっ」 

…………………………………。 




112 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:45:49.55 ID:CnznoRGa0
「やあ」 

チョップした。 

八九寺の頭に、見事にヒットした。 

「酷いですっ!PTAに訴えますっ!」 

「へえ。PTAに」 

「PTAはものすごい組織なんですよっ!阿良々木さんみたいな何の権力も持たない未成年の一般市民なんてっ、指先一つでポポイのポイですっ!」 

「指先一つか、そりゃ怖いな。ところで八九寺、PTAとは何の略か知ってるか?」 

「え?それは………………」 

わからないだろう、再び黙り込んでしまう八九寺。 

まあ、当然だろう。僕だって、少し前までしらなかったのだから。 




113 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:46:39.68 ID:CnznoRGa0
「PTAってのは、parent-Teacher Associationの略で、親と教師の会という意味なんだぜ」 

「なるほど。阿良々木さん、見直しましたっ」 

「そりゃ嬉しいよ」 

知識は身を助けるなんてよく言うけれど、なるほど、勉強って大事だな。 

「そういえば、阿良々々木さんは………」 

「々が一個多いぞ!」 

「失礼。噛みました」 

「気分の悪い噛み方してんじゃねえよ………」 

「仕方がありません。誰だって言い間違いをすることくらいはあります。それとも阿良々木さんは生まれてから一度も噛んだことがないというのですか」 

「……………そうだな、僕が言い過ぎた。悪かったよ、八八寺」 

「寺が一つ少ないですっ!」 

「失礼。噛みました」 




114 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:47:18.94 ID:CnznoRGa0
「がうっ!」 

八九寺はいきなり、僕の腕に噛みついてきた。 

「甘い!」 

しかし、僕はその攻撃をあらかじめ読んでいたので、八九寺の肩を抑えて、それを防いだ。 

「がうっ!がうがうっ!」 

「どうどう、落ち着け八七寺」 

「ふしゃーーー!」 

なんて、そんな風にじゃれあって(?)、ある程度親交も深まったところで、 

「あら、売れない、冴えない、つまらないの三拍子が揃った、まったく面白くない大道芸人が公園で暴れていると思ったら。なんだ、阿良々木くんだったの」 

お待ちかねの、戦場ヶ原ひたぎの登場である。 




115 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:47:56.78 ID:CnznoRGa0
「…………思ったよりも早かったな」 

「昼はあまり食べない方なのよ。それより、迷い牛の八九寺ちゃんは見つかったのかしら?」 

「ああ、今もここにいるぜ」 

「えっ!?」 

なんて、そんな風に驚いたのは、しかし戦場ヶ原の方ではなく、八九寺の方だった。 

「阿良々木さん。わたしがなんなのか、知っているんですか?」 

「ああ、大丈夫だ。分かってるから。そこんとこも含めて、お前をちゃんと、目的地まで送り届けてやるさ」 

「阿良々木さん……………」 

「それじゃあ、戦場ヶ原。道案内を頼むぜ」 

「その前に、少しいいかしら、阿良々木くん」 

そう言って、戦場ヶ原は改めて僕の方を向いた。 




116 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:48:34.41 ID:CnznoRGa0
「八九寺ちゃんは、今もそこにいるのよね?」 

「ああ、いるぜ。見えないかも知れないけど、ちゃんと、ここにいる」 

「そう。じゃあ八九寺ちゃん、あなたがどうしてそこに行きたいのかを教えてもらえるかしら?」 

「………………意外だな。お前がそんなことを気にするなんて」 

本当に意外だった。現実でも、こいつは八九寺に興味を抱いているようには、見えなかったけど。 

「別に、私はただ、阿良々木くんと違って、見ず知らずの人を助けるのはごめんなだけよ。けど、無関心じゃなければ無関係じゃないのでしょ?だったら、」 

だったら、事情くらいは聞くわよ、と。 

戦場ヶ原は、言った。 




117 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:49:13.16 ID:CnznoRGa0
「そうか」 

「分かりました。わたしのことを話します。阿良々木さん、わたしが話すことを戦場ヶ原さんにも伝えてあげてください」 

「ああ。任せておけ」 

それから、八九寺は、自分自身のことを語り始めた。 

自分が何故そこに行きたいと思っているのか。 

自分の家庭になにがあったのか。 

どうして、自分は迷い牛になってしまったのか。 

戦場ヶ原は、ただ黙って八九寺の。正確には、八九寺のことを伝えている僕の話を聞いていた。 

思えば、戦場ヶ原は、八九寺の話について、色々と思うところがあるのかもしれない。 




118 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:49:52.69 ID:CnznoRGa0
「ありがとう、八九寺ちゃん。無駄な時間をとらせてしまったわね」 

戦場ヶ原は、見えないはずの八九寺に向かって、お礼を言った。 

考えてみれば、現実の戦場ヶも、やっぱり八九寺に興味があったのかもしれない。 

いくら僕には、興味が無さそうに見えたところで、自分の目で見たこと、自分で感じたことだけが、真実とは限らないのだから。 

「それじゃあ、そろそろ行きましょうか。早くしないと、日が暮れてしまいそうだし」 

「そうだな。小学生は、日が暮れる前に家に帰らないとな」 

そう言って、戦場ヶ原を先頭にし、僕らは八九寺の、長い帰り道を歩き出した。 




119 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:50:41.00 ID:CnznoRGa0
「そういえば、阿良々木くん」 

八九寺の帰り道を、ちょうど半分くらい歩いたところで、戦場ヶ原は突然口を開いた。 

「他の女の匂いがしたのだけれど、私がいない間に、誰かと会ったのかしら?」 

「他の女?」 

あ、そういえば、夢の中では羽川と会っていないな。 

「いや、僕は知らないな。八九寺、僕が来る前に、誰か公園に来なかったか?」 

「ええ、ちょうど阿良々木さんと同じくらいの年の方が来ました」 

「それって、どんな奴だった?」 

「うーん。一言で言うならば、見るからに学校の委員長をやっているような女の人でしたね」 

「戦場ヶ原、八九寺が、僕ら二人がいない間に羽川が来たんだってさ」 




120 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:51:20.48 ID:CnznoRGa0
そうか。現実とは違い、僕らは二人で公園を離れてしまったから、僕が羽川と会うタイミングがなかったんだ。 

「なるほど、たしかにあの香りは、羽川さんかしらね」 

「ああ、やっぱり女って、シャープの香りとかで分かるのか?」 

「ある程度はね」 

何をわかりきったことをという風な戦場ヶ原。 

「阿良々木くんが腰の形で女子を区別できるのと、同じようなものと考えてくれていいわ」 

「なるほどですっ」 

「そんな特殊な能力を披露した憶えはねえし、八九寺も変な相槌をうつんじゃねえ!」 

「え?あれ?できないの?」 

「できないんですか?阿良々木さん」 

「意外そうなリアクションをするな!」 




121 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:52:00.05 ID:CnznoRGa0
「お前は座りのいい立派な骨盤をした安産型だからきっと元気な赤ちゃんが産めると思うぜ、うえっへっへっへって、この間、私に言ってくれたじゃない」 

「忘れちゃったんですか?阿良々木さん」 

「ただの変態野郎じゃねえか!」 

ああもう。ステレオ再生すげえ苛つく。 

何が悲しくて女子高生と小学生に、こうまで言われなくてはならないのだろうか。 

「そう、羽川さん。来てたのね」 

戦場ヶ原は、急に話題を戻した。 

「らしいな」 

「そういえば、その羽川さんという方。なにやら少し落ち込んでいたように見えましたが」 

「落ち込んでいた?羽川が?」 

なんだろう、現実では、そんな素振りは見せていなかったけれど。家でなにかあったのだろうか? 




122 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:52:58.56 ID:CnznoRGa0
「それにしても、阿良々木くん。一度逃げられたにも関わらず、よく八九寺ちゃんと打ち解けられたわね」 

「一度、逃げた?」 

八九寺は、戦場ヶ原の言葉に首を傾げる。 

まずい。ここであの事がばれたら、僕の体がどうなるか分かったもんじゃないぞ。 

「阿良々木さん、どういうことですかっ。説明を要求しますっ!」 

「いや、えっと、それは………………」 

「まさか、先程わたしのスカートを捲った変態は、阿良々木さんだったんですかっ!阿良々木さん絶命を要求しますっ!」 

絶命を要求。 

おそらく、説明をいい間違えたと思うのだが、それでも、今の僕はそれくらい要求されても仕方ない状況だった。 

「まあそれは、ほら、僕って妹が二人もいるからさ、それで、小さい子の相手は慣れてるんだよ。ははっ、ははは」 




123 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:53:48.56 ID:CnznoRGa0
「……………八九寺ちゃん。阿良々木くんが何か隠しているのなら、攻撃に移りなさい」 

「がうっ!」 

戦場ヶ原の命令とともに、八九寺は僕の手に噛みついた。 

「痛ェ!いきなり何すんだこのガキ!」 

「うぎぎぎぎぎぎぎっ!」 

「痛い!痛い痛い痛いって!」 

あっという間に、乱闘になる僕と八九寺。しかし、不味いな。早くこの状況を何とかしないと、こんどは戦場ヶ原が攻撃してくる危険だってあるのだ。 

仕方ない、ここは奥の手だ! 

「八九寺ちゃん。放してくれたら、あとでお小遣いをあげよう」 

戦場ヶ原に聞こえないように、八九寺にそう囁いた。 




124 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:54:25.89 ID:CnznoRGa0
「放しますっ!」 

「………………………」 

自身の変態行為を隠すために、小学生にお金をちらつかせることで、口止めをする男子高校生がそこにいた。 

ていうか、僕だった。 

てか、これって普通に犯罪じゃね? 

「何をしているの。遊んでないで早く行くわよ」 

「………………………」 

いや、お前がけしかけたんじゃねえかよ。まあ、僕としては、深く追及されなくてかなり助かったのだけれど。

とか、そんなことを言っている間に、 

「ここね。ここで間違いないわ」 

ついに、僕達は目的地にたどり着いた。 




125 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:55:24.57 ID:CnznoRGa0
「う、うあ」 

隣から、八九寺の嗚咽が聞こえた。 

八九寺は、泣いていた。 

しかし、やはり俯いてはおらず、しっかりと、前を見て。 

更地の上、家があっただろう、その方向を見て。 

「う、うあ、あ、あ…………」 

そして。 

たっ、と、八九寺は、僕の脇を抜けて、駆けた。 

「ただいまっ、帰りましたっ」 

大きなリュックサックを背負った女の子の姿は………すぐにぼやけて、かすんで、薄くなって………僕の視界から、あっと言う間に、消えてしまった。 

「………お疲れ様でした、阿良々木くん。そこそこ、格好よかったわよ」 

やがて戦場ヶ原が言った。 

いまいち感情のこもらない声で。 




126 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:56:17.60 ID:CnznoRGa0
「僕は、別に何もしてないよ。むしろ今回働いたのは、お前だろ」 

「確かにそうだけれど………そうかもしれないけれど、そういうことではなく、ね。しかし、まあ、更地になっているとは驚いたわ。一人娘が自分を訪ねてくる途中で交通事故にあって。いたたまれなくなって、引っ越したってところなのかしらね。当然、それ以外にも、理由なんて、考えようと思えば色々と考えられるけれど」 

「まあな。けど、そこら辺は、僕達が考えても仕方のないことだろ」 

「それもそうね」 

そう言って、戦場ヶ原は例の更地を見つめた。やはり、彼女は彼女なりに思うところがあるのだろう。 




127 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:56:48.35 ID:CnznoRGa0
「今日のことで、私はようやく、阿良々木くんのことを実感できたわ」 

そう言って、戦場ヶ原は視線を更地から僕に移した。 

「阿良々木くんのことを、私は誤解していたみたい。いえ、誤解じゃないか。薄々というか、重々、それはわかっていたことだけどね。幻想が消えたっていうのかな、こういうのは。阿良々木くん。先週の月曜日、私は些細な失敗から、阿良々木くんに、私の抱えていた問題がバレちゃって……………そうしたら阿良々木くんは、その日の内に、即日に………私に、声を掛けてくれたわよね」 

力になれるかもしれないと言って。 

戦場ヶ原に、呼びかけた。 

「正直、私はその行為の意味を計りかねていたのよ。阿良々木くんは、ひょっとして、私だから助けてくれたのかしら?なんて思っていたわ」 




128 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:57:22.64 ID:CnznoRGa0
「けど、そうじゃなかった。そうじゃなかったのよ」 

だって阿良々木くん。誰でも助けるんだもん、と。 

戦場ヶ原は、そう言った。 

「少なくとも、私なら、一度話しかけて逃げられた相手を、しかも幽霊の相手を、助けようとは思わないし、無関係じゃないなんて、言い切れはしないわ」 

あなたがそう言ったからよ、と。 

戦場ヶ原は淡々と言葉を紡いだ。 

しかし、その顔はどこか微笑んでいるような、そんな顔に、僕には見えた。 




129 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:57:49.43 ID:CnznoRGa0
「ずっと一人でいると、自分が特別なんじゃないかって思っちゃうわよね。一人でいると、確かに、その他大勢には、ならないもの。でも、それはなれないだけ。笑っちゃうわ。怪異に行き遭ってから二年以上、私の抱えている問題に気付いた人は、実のところ、たくさんいたけれど…………最終的にどんな結果になろうとも、阿良々木くんみたいなこは、阿良々木くんだけだったから」 

「当たり前だろ。僕は僕だけなんだから」 

「そうね。その通りだわ」 

戦場ヶ原は微笑んだ。 

さて、どうしたもんか。これからの展開は、ある程度予想がつくけれど。 

まあでも、その予想通りに動く必要はないよな。 




130 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:58:36.00 ID:CnznoRGa0
「まあ、でも、僕のことを勘違いしてたっていうんだったら、これから正していけばいいんじゃないか?」 

戦場ヶ原にとって、僕とこんなに話したのなんて、その月曜日と火曜日、それに今日…………だけなのだから。 

たかだか三日だけである。 

クラスが三年、同じだとはいっても……… 

ほとんど他人みたいなものだった。 

「そうね」 

戦場ヶ原は反論せずに頷いて、言う。 

「だから、もっと、あなたと、話したい」 

もっと、たくさんの時間を。 

知るために。 

「だから、阿良々木くん。私は………………ねえ、ちょっと、聞いてるの?阿良々木くん」 

「夕日」 

「え?」 

「ちょっと、夕日に見蕩れてた」 

「……………似合わないわね」 

「そう言うなって。なあ、戦場ヶ原。見蕩れるの蕩れるって、すごい言葉だと思わないか?…………………………」 

なんて、そんな風に、僕の方から言ってみるのも、僕のやりたかったことの一つなのだ。 




131 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 10:59:18.98 ID:CnznoRGa0
後日談というか、今回のオチ。 

翌日、いつものように二人の妹、火憐と月火に叩き起こされる前に、僕は家を出た。 

あいつとの約束を果たす為に。 

「鬼いちゃん。ついでに、僕にもハーゲンダッツを買ってくれないかい?」 

「なんでついてきた」? 

「知らない仲じゃないしね」 

なんて、そんなことを言う斧乃木ちゃんとあいつの分、二人分のアイスを買って、僕達は、目的地に向かった。 

目的地。八九寺真宵のお墓に。 

場所自体は、随分前から八九寺に聞いていたけれど、僕の気持ちの整理がつかないまま、いつの間に、忘れていた。 

だから、あの夢は、いいきっかけになった。 




132 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/26(日) 11:00:03.88 ID:CnznoRGa0
「ほら、八九寺。約束のアイスだぞ」 

お供え物にアイスだなんて、常識を考えてかなりおかしいし、もしも八九寺の親が見たらなんて思うかわからないけれど。 

でも、まあ、約束は約束だしな。 

「鬼いちゃん。そろそろ帰らないと。僕がいなくなっていることに、妹さんが気づいたら大変なんじゃないのかい?」 

「………………………」 

だったらなぜついてきた。 

けど、斧乃木ちゃんに言われなければ、僕はいつまでもここに居座ってしまいそうなので、だから今日は、ここら辺が潮時だろう。 

「じゃあな、八九寺。お小遣いは、だからまた今度ってことで」 

次に来るのは、そうだな。合格したことを伝えるため、来るとしよう。 




134 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/26(日) 13:14:46.69 ID:hHfxFsJJP
おつおつ 
すげえ面白い 


136 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/26(日) 15:08:21.90 ID:PJvzOWMQo
夢は夢、現実は現実で並列進行なのか 
おつおつ 


141 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage saga]:2013/05/26(日) 21:52:49.89 ID:dluMLlr00
ちょいまち、下手すると暦とひたぎが付き合ってないことになりうるのか?まよいマイマイでの告白がないせいで? 


142 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/05/26(日) 21:57:22.90 ID:siLZsb6qo
今回の夢のほうはこよこよから告白したってことでしょ 


148 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga ]:2013/05/29(水) 23:28:40.16 ID:SUcqucNi0
「まよいまよっ!次回予告をお聞きの皆さん、コンバトラー!」 

「この世に蔓延するあらゆる不正に物申したい、人読んで、物申しの申し子こと私ですが、いかがお過ごしでしょうか?」 

「今日は“アイスクリーム”にモンスーン! 
我々の日常生活に深く溶け込んでいるアイスクリームですが、しかしどうでしょう」 

「私のような子供が言うならまだしも、大の大人が『アイスクリーム食べたい』などと言うのは、些か幼稚に聞こえませんか?」 

「ただアイスと言えば、そこまで幼稚には聞こえませんから、このば場合、悪いのはクリームという単語でしょう。これはいけません。アイスクリームだけにいただけません!」 

「そこで僭越ながら不肖私が、アイスクリームを大人っぽく言い換えることを提案します」 

「ソフトクリームならぬ、アイスハード!」 

「………………固そうですっ!食べにくそうですっ!」 

「次回、心が強くてニューゲーム其ノ參」 

「みーんなで噛むまよ!」